旅行・地域

慶運寺 (浦島寺)

神奈川県は横浜市の海沿い、神奈川区に浦島という地名があります。

昔田舎から出てきたばかりの私は、浦島太郎と関係あるのかな?なんて冗談半分に思っていましたが、やはり関係あるようです。

こんな近くに浦島太郎がいたのか・・・?

不思議な気分ですが、浦島伝説は日本各地にあるようですね。

しかしここ横浜は伝説発祥の第一候補ではないでしょうか。

・慶運寺

http://www.chowchow.gr.jp/inova/urashima/index.html

浦島寺とも言うようです。行ってみました。

Namamugi_001s Namamugi_002s          浦島太郎のご両親の碑が建てられてました。 

特別変わったところはなく、ごく普通のお寺でした。

敷地に入ると沢山の車が止まってました。檀家さんの法事があったようです。

そんな中をカメラ持ってうろうろ。怪しまれそう・・・

少し居づらかったので、お寺の方と思わしき年配の方に、「あの~、浦島太郎と関係のあるお寺はここですよね。何か所縁の物などはないのでしょうか」

と尋ねてみました。

そうしますと、奥からパンフレットを持ってきて下さり、「あの蔵の中に仕舞ってあって、定期的に展示会をしてるのですけど、もう終わってしまったのですよ」

との事。残念。Namamugi_003s

これがその蔵です。中には入れません。

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パンフレットによりますと、浦島寺は、824~833年に開かれました。

浦島太郎が478年に竜宮へ行き、825年に故郷へ帰る時、乙姫様からお守りに授かった観音像を両親の墓のそばにお堂を立てて安置したのがお寺の始まりです。

これは江戸名所図会に書かれているそうですが、上記によれば、浦島太郎が行って帰ってくるまでの期間が、何と347年。

おとぎ話では浦島太郎が龍宮へ行き、3年後に帰ったのに、実は300年経っていた話は、このような古典を元に作られたようです。

SFの様な出来事ですが、とても興味深い話です。ただの作り話ではないと思います。

何か時空間の概念を覆すような不思議な出来事が千年以上前に有ったのではないでしょうか。

そして、浦島太郎と言えば、龍宮の乙姫様。

乙姫はひふみ神示にも大きなキーワードとして出てきますので、後に取り上げたいと思います。

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個人情報である檀家さんの車のナンバーが多数写ってしまうので、お寺は撮りませんでした。

入り口だけ撮っておきました。

亀が伝説を忍ばせてくれます^^                                                                     Namamugi_006s

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清水寺

銀閣寺を後にして、京都大学などを通り過ぎ、清水寺へ。

ここは京都。なんとお寺の多いことか。町内ごとに、1丁目2丁目の各丁ごとにお寺があるのではないかと思うほどにお寺が多いのが印象的でした。

それも、どのお寺も大きく立派なのには驚きです。

無事に到着。気温が高いので着ていた長そでのシャツを脱ぎ、半袖1枚に。

08kiyomizudera_069s お山の入口。

清水寺の入り口は、こんなに大そうな造りだったんですね。

08kiyomizudera_075s 08kiyomizudera_077s 08kiyomizudera_079s

08kiyomizudera_083cs 神社でもないのに立派な龍が設置されてますね。

形も凝ったものになってます。

さて、手も清めて舞台の有る本堂へ。これまた山登りの様なものです。

さすが京都観光のメインディッシュ。凄い観光客の数です。

08kiyomizudera_095s 巨大な木造建造物です。

清水寺の起源は古いのですが、度重なる火災などで失われ、現在の物は1633年に徳川第3代将軍の家光が建てたのもですが、当時の徳川がいかに力を持っていたかが分かりますね。

08kiyomizudera_100s 清水寺の舞台を明るく照らすおでこ。

ちなみに、写っている女性は知らない方です。

08kiyomizudera_088s お寺を歩いて思いましたが、お城を思わせる程の規模で作られた石垣と通路を見ていると、この清水寺も要塞として機能するよう作られているのかなとの印象を受けました。

お寺は平和を願う場であると同時に、歴史上、戦の際には籠城して敵を迎え撃つ為の施設としても使われてきました。

宗教は民衆統制と洗脳、そして軍事目的の施設と、権力維持の為に大いに利用されてきましたが、この清水寺も例外ではないようですね。

08kiyomizudera_090s 拝む観光客

08kiyomizudera_109s なにやら飲むとご利益がある湧水でしょうか。長蛇の列です。

女房がとても興味深げに見てましたので、「待ってるから行っといで」と言ったのですが、「いい」といってやせ我慢してました。

08kiyomizudera_114s 釘を一切使わず、48本の柱で組まれているそうです。

この48という数字には意味が有るのではないかと言われている様です。

48について、後に取り上げるかも知れません。

観光も3か所終了時点で夕方4時を過ぎましたので、これで打ち止め。

もう1箇所神社を予定していたのですが、予定外の山登りもあり疲れましたし、名古屋へ行ってから明日の朝までに帰らなければなりませんでしたので、仕方なし。

京都をがっつり観光するのでしたら泊まりがけでたっぷり2日は欲しい所ですね。半日では舞妓はんも見る事が出来ません。

名古屋に寄って、夜中の12時半に親戚の家を出て帰りました。

朝の5時に家に着き、速攻で寝ましたが、起きてからしばらくは車に乗っているかのように体がふらふらと揺れていました。

久々の徹夜ドライブは、結構ダメージありました。。。

深夜の東名高速は90%以上と、ほとんどが長距離輸送のトラックで占められていましたが、皆さん、80~90キロのスピードを維持して巡航していました。

昔は空のトラックでしたら凄い勢いで走るトラックが多かったと思いますが、今は燃料代が高いのでエコノミー運転に徹しているのでしょうね。

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そうだ、京都へ行こう。車で・・・金閣寺・銀閣寺

先週ですが、女房が名古屋の親戚に会いに行くついでに京都へ行こうかと言いだしました。

きょ、京都@@

ついでと言うには遠いですが、行ってみたい。

という事で、高校の修学旅行以来、○×年ぶりに京都へ行く事になりました。

金曜日の朝5時に出発。

金閣寺、銀閣寺、清水寺。最低これだけは見ようとカーナビの目的地を金閣寺に設定。

その距離460キロ強。

道は順調。

東名高速走行途中、浜名湖で気になる筋雲を発見。女房に写メ撮れるか打診しましたが、走ってたらちゃんと撮れないと、写真は断念。

昨日北海道で震度4が有りましたが、雲との関係は分かりません。

 さて、無事に午前11時半頃に金閣寺の駐車場に到着。

車内でお弁当を食べて落ち着いてから見学です。

金閣寺

08kiyomizudera_001s

駐車場から見える大文字。

車で行くと、なんだか仕事の延長みたいで、日本はどこを走っても同じようなもんだなぁと思っていたのですが、この大文字を見た時に、京都に来たんだなぁと実感しました。

ところで、名古屋はこちら関東と同じような感覚で走り易いのですが、京都のドライバーは思わぬタイミングで方向転換したり、車線変更でウインカーを点けなかったりで、路駐が多い事もあり走りにくい印象がありました。

どこかの田舎を走っているような感覚でした。

08kiyomizudera_003s けっこう広い入口前の風景。

門をくぐると外国人観光客と修学旅行生が沢山いました。

08kiyomizudera_022_c 池の向こうにど~んと見えました金閣寺。

見た瞬間、キンキラピカピカで強烈なインパクトを受けました。

08kiyomizudera_023_cs

08kiyomizudera_029s

近くで見てもピッカピカです。

観光客でごった返す金閣寺を後にして、金とくれば銀も見なければと、銀閣寺へ。

距離にして7キロ程だったと思います。

銀閣寺

車を2時間500円の民営パーキングに止め、おばちゃんに料金を前払いし、お寺へ向かいました。

08kiyomizudera_052s 苔が美しく綺麗に整備された庭園。

そして銀閣寺は・・・、大改装中でした@@08kiyomizudera_045s

ちょっとがっかりしましたが、ここまで解体された姿は資料としても貴重ですので、近くから何枚か写真を撮っておきました。

08kiyomizudera_060s 足場に囲まれた銀閣寺。

屋根にはまだ瓦が無いようです。

08kiyomizudera_065s

こんな木がありました。

ねじれている上に屈折しています。

私の心もこんなんでしょうかぁ~?

銀閣寺見学はほとんどが庭園の山登りの様なものでして、お年寄りにはきついコースとなっております。

修学旅行の小学生も疲れたと言いながら歩いていましたが、山の途中に願い事が叶うという祠があって、元気な女の子が「マネープリ~~ズ!!」と大声で叫んでいました。

私の失笑を買ったのは言うまでもありません。

08kiyomizudera_042s 私達も若干疲れましたので、早めに次の清水寺に向かう事にしました。

駐車場に戻ると、おばちゃんに「もうお戻りですか」と言われました。

清水寺に向かうにはどう出ればよいかを教えてもらい、銀閣寺を後にしました。

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ついでに赤レンガ倉庫も撮影

壁画を撮ったついでに、もう少し散歩。

023s 高架の裏にはランドマークタワーが仁王立ちしております。

真下から失礼。

とても丈夫そうで安定感を感じさせる、よく出来たデザインだと思います。

解体する時が来た時は、ちと大変そうですね。

045s ランドマークの足元には日本丸。

帆船は芸術的な美しさがあります。

1930年に進水し、1984年に引退。

全長97m。写真に全身収めようとしますと難儀する、大きな船体です。

034s 手前の留め具から船体まで、ピントを合わせた写真にしてみました。

もっとダイナミックに距離感を出したかったのですが、私のレンズではこれが限界。

横浜赤レンガ倉庫

053s

067s 向って左が2号館。1911年竣工。

右が1号館。1913年竣工。

1989年まで保税倉庫として使われてましたが、しばらく放置された後、

現在は展示ホールに、イベント会場などに使われているそうです。

確か去年の2007年夏にサザンオールスターズがこの広い会場で30周年コンサートをしましたね。

061s 赤レンガと超高層ビル。

それぞれ時代を象徴する建築物です。

新しい物の中に古い物が混在する港町横浜。来年は開港150周年だとか。

文明開化はそれ程遠い昔では無いのですが、この先の未来はどうなるのでしょうね。

ネットで探せばライトアップされた写真が有りますので、ご覧になってはと思います。綺麗ですよ^^

今後は省エネと温暖化防止とかで、ライトアップ出来ない時代が来るかもですね。

もう少し写真を撮って歩こうかと思いましたが、あいにく雨が降ってきましたし、お腹も減ったので帰る事にしました。

1時間近く居ましたが、まだ7時頃でしたので、コインPは夜間料金で100円でした。

早起きは3文の得^^

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横浜の壁画が撤去されるそうで

横浜市が壁画キャンパスとして開放していた旧東急東横線横浜-桜木町駅間にある高架下の壁面が、老朽化に伴い今年中に撤去される事になり、今月から作業が開始されるそうです。

昨日この記事を見まして「へぇ~、そうなんだ」と思った私は、何枚か写真に記録しておこうかと考えていました。

そしたら、今日は休みなのに習慣で朝5時に起きてしまいましたので、朝めし前の散歩がてら、車で桜木町まで行ってきました。

記録に残すのでしたら、車も人も少ない早朝に限ります。

高架下の壁画。全長1Kmにわたり、002s164枚の壁画が描かれています。

仕事でここはよく通るのですが、ずっと長いこと「良く出来たいたずら書きだなぁ」とおもっていました。合法とは知りませんでした。

005s 007s

008s こんな記念になる思い出の作品まであるのですね。

何らかの形で残すべきですね。

011s 柱までびっしりと。

いつも車で通るだけで、こうして高架下を歩くのは初めてでした。

全体の色彩が暗いので、歩くのは怖い様な気がしてたりして。

確かに壁と天井は老朽化によりクラックも多いようです。

012s 013s

ピンクのゴリラ(かな?)は上手な絵ですが、顔が怖い。

ジャズクラブの演奏でしょうか。

音楽は人々の心を1つにしますよね。

014s 赤富士にピンクのイルカ015s

016s  

      キングジョーと闘うウルトラセブン 017s

最後に縁起の良い七福神。かわいい絵ですね^^018s

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西久保八幡神社

Tower_013s 先日、西麻布界隈に出かけ、女房の用事が終わるまでカメラ片手にブラ~ッと散歩しました。

まずは久々に東京タワーまで足を延ばし、真下から撮影しました。

333mのタワーはさすがに高いのですが、上から下までこのボルト一本一本を職人さんの人力で締められているのですから恐れ入りますね。

こんなに良く塗装されてピカピカだとは、今まで気がつきませんでした。

都心にありますので、煤煙などで煤けて汚れているものとばかり思っていました。

東京タワーを後にし、途中の交差点に設置されている地域地図を見ると、すぐ近くに何やら神社があるようです。

行ってみる事にしました。

ここら辺は各国の大使館があり、神社の近くにはロシア大使館がある関係で、歩いているとお人形さんの様な綺麗な顔をした若いロシア人女性とすれ違います。

警備をしている警官が「お疲れ様でーす」と声をかけてましたので、大使館の職員なのでしょう。

数年まえですが、この近辺の物件で仕事をした時の話ですが、窓辺で作業していると、ちょっと距離があるのですが、向いにあるアパートの玄関が開き、ブロンドの若い白人女性が出てきました。これから出勤の出で立ち。

おそらくロシア大使館の方でしょう。

私と目が合うと、遠いのにわざわざニコッと微笑んで会釈をしてくれました。

その社交性と明るさに関心し、あれがロシアの国民性なのかと思いましたが、今思いますと、もしも仮に私が海外で生活しているとしますと、同じ事をするかも知れません。

それにしましても、朝から綺麗な女性に挨拶されて気分良かったです^^

西久保八幡神社

Tower_018s たどり着きますと、ドーンと階段が。

数えながら上ったのですが、何段か忘れました。

Tower_024s 上り切りますと、左手に「お百度石」と掘られた石塔が。

昔からここでお百度参りされていたのでしょうね。

これを見て、ドリフのギャグを思い出しました。

病気で寝たきりのおとっつぁんを助けたくて、娘さんがお百度参りを思い立つのですが、お参りを実施するのは娘さんじゃなく、おとっつぁん。

あのギャグは好きでした^^

Tower_021s_2 本殿です。

なかなか年季の入った神社です。

西久保八幡神社

こちらサイトより、御祭神。

・品陀和気命(ホンダワケノミコト)

応神天皇のことです。第15代天皇。父は先帝仲哀天皇、母は神功皇后。

・ 息長帯比売命(オキナガタラシヒメノミコト)

神功皇后のことです。

・帯中日子命(オキナカツヒコノミコト)

仲哀天皇のことです。 第14代天皇。

Tower_022s 天皇を祭る神社ですが、菊の御紋ではありません。

勾玉が3つ寄り添った様な形の紋章です。

サイトからの抜粋ですが、歴史の古い神社の様です。

「寛弘年中(1004~12)に、源頼信(多田満仲の三男)が、石清水八幡宮の神霊を請じて、霞ヶ関のあたり(榎坂とも)に創建したという。太田道灌が江戸城を築いた時、現在地に遷された。慶長5年(1600)、関ヶ原の戦に、崇源院(徳川秀忠室)は戦勝と安全を祈願し、その報賽として寛永11年(1634)社殿を造営した。江戸時代には江戸八所八幡の一つに数えられ多くの参詣を受けた。享保8年(1723)、文化8年(1811)と火災に遭い、宝物・旧記等をことごとく失ったが、文政元年(1818)に再建された。」

Tower_020s_2 すすぎ場ですが、龍があしらわれています。

以前紹介しました日枝神社と鳩の森八幡宮には龍がありませんでしたので、都心の皇居に近い神社は龍を使わないのかもと思っていましたが、そうでもないようです。

浅間神社は、どこも立派な龍が設置されているのですが、龍の有る無はいかなる理由によるものなのでしょう。

信仰上の理由なのか、それとも建設時の経費などが関係しているのでしょうかね。

Tower_019s ここに貝塚が有るようです。

看板が古く読めないのですが、写真の色を反転するなどして解読したところ、縄文時代の貝塚で、大森貝塚との比較など、貴重な東京都指定史跡なのだそうです。大森貝塚

その貝塚がどこにあるのか分かりません。

スーツを着た立派そうな男性が花を触りながら見ていましたので、「貝塚はどこに有るのでしょう」と聞いたところ、「いやぁ、私は初めて来たもので・・・」だそうで。

てっきり神社関係者かと思ったのですが、違ったようです。

都心にあっても、どこの神社も境内に入ると涼しげに感じます。土の地面と生い茂る林による効果が大きいのでしょうけど、それ以外の何か違った空気感を感じます。

ただ、ここは木が生い茂りすぎて薄暗い感じで、そのせいか蚊が多くて、長居せずに切り上げました。顔と腕を数か所、痒くされました。ポリポリ。

せっかくですので、もう一足伸ばして、「ぎろっぽん(六本木)」へ。

人が多い・・・

カメラを持って歩いていると、「どこかの田舎者が都会を珍しそうに観光しているおっさん」に見られているようで、ちと恥ずかしい気持ち。

Tower_036s ぎろっぽんヒルズ。

巨大建造物ゆえに、真下から見ると形が良く分からず、面白くありません。

遠くから全体像を見た方が良いビルだと思います。

オープンしていきなり回転ドアに挟まれて、お子さんが亡くなるという痛ましい事故が有りましたが、もう忘れられているのでしょうね。

Tower_049cs

最後に、六本木ヒルズから見えた雲の写真です。

手前の雲の影が後ろの雲に映っている珍しい光景です。分かりやすいように、少しコントラストを修正しています。

この日は雷雨も無く、気温は高かったですがお散歩日和でした。

パーキング代は5時間時間強で2400円でした。都会は何するにもコストが高いですね。

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出雲大社

約60年ぶりに「平成の大遷宮」を迎えた出雲大社の本殿が、期間限定で公開されましたが、行きたくても遠くて観に行けませんでした。

まあ、誰かが行ってるだろうと思っていましたが、やっぱりルナさんが行ってましたので、お願いして写真を送っていただきました。

ルナさんのサイトのわの唄こちらに掲載されている写真ですが、文化遺産の資料としても貴重なものですので、許可を頂き、ある程度大きい写真で見られるように私のブログでも紹介させて頂きます。

Dsc08394s

Dsc08395s

Dsc08396s 内部は撮影禁止で外からしか撮影出来なくても、こうして人の大きさと比べられる写真は貴重ですね。

でかいですね∑(゚∇゚|||)

暗い色の木造建造物は晴天時の撮影は露出が難しいのですけど、細部まで綺麗に写ってますね。

お上手です

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日枝神社

天明氏に神示を降ろしたのは「国常立神」なのだそうです。

この神は天地創造時から現れている神となっています。

大本教によりますと、ウシトラノコンジンとは国常立神の事であり、何やら厳格である為に、他の神々から敬遠されてどこかに閉じこもっているそうな。

今の世の中を見ていますと、この神が近々戻ってきそうな感じがしますが、この世では悪神とされているようです。多分、そうする事で都合の良い立場の存在があるのでしょうけど。

キリスト教にありますサタンとかルシファーとか言われている悪魔の大親分は、実は国常立神系なのかも知れませんよ。

ひふみ神示にこうありました。

「スサノオが悪に見えるのは、そなたの心に悪があるからだ」

国常立の神が御用を始めた時、人類はどうなっている事でしょうね。

 ところで、そんな大そうな神様が、直接人間なんかにメッセージを送れるものなんでしょうかねぇ。

それはさておき、その国常立神をお祭りしてます神社が、東京都千代田区にありますのでご紹介します。

「日枝神社」

Hie_008s Hie_010s           

大きくて立派な神社です。

近所に天皇家が住んでますので、鳩の森八幡同様、菊の御紋がセンターに構えています。

ここの境内も、足を踏み入れますと不思議と涼しげな感じがしました。

しかし、都心にあるメジャーな神社ですので、のんびりと落ち着けるような雰囲気はありません。

Hie_019s 拝みに行くにはとっても高い階段を上って行かなくてはなりません。

そこで日枝神社の表門には、エスカレータが設置されています。

人間の身魂も、エスカレーター式に楽しながら神の次元まで行ければいいですね。

Hie_013s Hie_014s

日枝神社は国会議事堂の裏側に位置します。

信号の「国会裏」よろしく、政治の本質は裏にあるのが世の常でしょう。

山王坂から自民党本部の建物が見えるのですが、警備の警察があちらこちらにいますので、怪しい行動は控えて写真は撮りませんでした^^

 久々に神示を提出しましょう。解釈は心のままに。

碧玉の巻 第04帖(868)
 真の懺悔(ざんげ)は正法をおさむることであるぞ、掃除することであるぞ。先づ御(おさ)め、次に治(おさ)め、次に知(おさ)めねばならんぞ、素盞鳴(スサナル)の大神は先づ滄海原を御め給ひ、更に蒼海之原を治め給ひ、次に天下(あめのした)を知め給うたのであるぞ。素盞鳴の大神が悪神とうつるのは悪がそなたの中にあるからであるぞ。

黄金の巻 第096帖 (607)
 ウシトラコンジン様を先づ理解せよ。どんなことでも叶へてやるぞ。理解するには、理解する心、先づ生まねばならん。われよしでは拝めんコンジンさまぞ。天地総てのもの、生きとし生けるもの悉く、よりよくなるやうに働いてゐるのであるぞ。それが神の心、稜威(みいつ)ぞ。弥栄と申すものぞ。その時、その人間のキに相応した神より拝めん。悪いキで拝めば何んな立派な神前でも悪神が感応するのぢゃ。悪神拝んでも正しき愛と喜びあれば、善き念が通ずるならば、悪神引込んで、それぞれの善き神 現はれるのぢゃ。この道理よく心得よ。(一月三日)

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鳩の森八幡神社

東京都渋谷区の千駄ヶ谷にあります、鳩の森八幡神社。

昭和19年から自動書記で、国常立神より「ひふみ神示」を降ろされたという岡本天明氏が、留守にしている神主の代役として一時的に滞在していた神社ですので、カメラ片手に関心を持って訪れてみました。

昭和20年春、神前に座ると「天明、ここを止めい」とお告げがあり、それが3日続いたそうです。

天明氏が去った直後の5月26日、本堂に空襲の焼夷弾が命中し、危うい所で命拾いしたというエピソードがあるのですが、この神霊も天明氏にひふみ神示を降ろしていた「国常立神」なのでしょうか。

国常立神につきましては、次の記事の中で紹介する事にして、八幡神社へご招待。

 8月中旬の猛暑の中、数百メートル離れたコインパーキングに車を止め、徒歩で神社内へ。

境内に入る前にワンショット

Hie_020s強い日差しで熱く焼けた渋谷区千駄ヶ谷のコンクリートジャングルにあって、この緑はまるでオアシスの様です。

一歩中に入ると、不思議と涼しさを感じました。なかなか好印象の空気感です。

Hie_022s 応神天皇・神功皇后と天皇を祀っている神社ですので、黄金色に輝く菊の御紋が目に飛び込んできます。

本殿はさほど大きくなく、シンプルな造りですので、地域の神社としての憩いの場所にふさわしい構えでしょうか。

Hie_035s

ご神木の左側に御稲荷神社の鳥居が見えます。

境内の木陰で、お昼の弁当を食べている人が数人居ました。

けっこう広い敷地面積で、なかなか落ち着ける所です。

「富士塚」

Hie_025s 境内には東京都指定有形民俗文化財の「千駄ヶ谷の富士塚」があります。

左の写真は、塚を登る入口になってます。

Hie_026s

富士山に見立てられた荒々しい溶岩石に設けられた険しい道を登ると、頂上に御社が鎮座してました。

10円のお賽銭で効果があるかは分かりませんが、人類平和と富士さんが噴火しないように拝んでおきました。

ここを登った頂上に、御社が。Hie_031s

Hie_028s 頂上の御社。

とってもシンプル。

富士塚以外は特に有名なものはなく、地元の方以外にはあまり知られていない神社かもしれませんが、神示などに関心のある方は、機会があれば話の種に訪れては如何でしょうか。

落ち着ける良い所ですが、東京の真ん中ですので、車でお越しの際にはパーキング代が気になってゆっくりは出来ないかもしれませんけど。

私は30分程で切り上げて、たった600円で済みました・・・__(_ _;) ウゥ

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秦野市の出雲大社

59年ぶりに出雲大社の本殿が一般公開されておりますが、せっかくの文化遺産を拝見出来る機会であっても、私の場合はとてもではありませんが遠くて行けませんし、そんな方は多い事でしょう。

そんな場合は近くの出雲大社へ。

神奈川県は秦野市。ちょこっと寄って写真を撮ってきました。

Hatanoizumotaisya_a なかなか広い境内。桜のシーズンも終わるころでしたが、まだ5分ほど桜の花が残ってました。

満開なら綺麗だったでしょうね。

Hatanoizumotaisya_b 手をすすぎ清める水場には龍が。

でも、富士の浅間神社などと比べると小さいですね。

Hatanoizumotaisya_c 極太のしめ縄に屋根から突き出た千木。なかなかの重量感を醸し出しています。

昭55年に再建された建物だそうで、本殿は新しい物件でした。

Hatanoizumotaisya_d 祖霊社

信徒の方々の祖霊(ご先祖の霊)を御祀りする為に建てられたそうです。

何だか宗教的な信仰が行われていますね。

Hatanoizumotaisya_e

神社でお馴染みの売店。

戒律など無くても良く営まれていた人の世も神道も時代と共に荒み、仏教など宗教が日本に輸入されて以来、神道を尊ぶ日本人は今や少ない時代となり、どこも例外なく形式化された信仰のもとに伝統文化が維持されていますが、お守りについては不思議な話を聞く事が有ります。

近いうちに、伯父のお話をご紹介したいと思います。

Hatanoizumotaisya_f 平日はだ~れも居ません。

売店で巫女さんと神主さんは暇を持て余している事でしょう。それも修行でしょうか。

観光地化されている訳ではない普通の神社ですので、これといった特徴は無いのですが、広い境内は災害時に活用できそうです。

地域の皆様で大事に維持して下さればと思います。

ところで、島根の出雲大社ですが、せっかくの本殿公開なのに、Tシャツやジーンズなど軽装での拝観は不可だそうです。

ジャケットを羽織らなければ入れない高級レストランみたいですね。神様が見るのは人間の中味であって、そんなかっこうなど見る訳ではないのに、災害なり何なりでいつかは壊れる人工構造物に対して、人間はつまらないルールを作るものですね。

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八雲立つ出雲大社、59年ぶり一般公開

2008年4月21日(月)14時59分配信 読売新聞


 島根県出雲市の出雲大社で21日、本殿(国宝)の一般公開が始まった。

 檜皮(ひわだ)のふき替えなどの大修理に備え、ご神体が仮殿に移されたためで、59年ぶりになる。

 本殿は、江戸時代の1744年(延享元年)造営。高さ24メートルの高床式で、切り妻屋根や周囲に縁を巡らせた「大社造」と呼ばれる建築様式。普段は限られた神職しか入ることができない。

 参拝者は楼門をくぐり、15段の階段から本殿に上がり、「心御柱(しんのみはしら)」(直径1・1メートル)や、天井に描かれた極彩色の雲の絵「八雲之図」などを見て回った。

 一般公開は、今月23日までと、26日~5月6日、同13~18日、8月1日~17日に行われる。Tシャツやジーンズなど軽装での拝観や、撮影は不可。

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