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ネタは有るのですが~

ネタは沢山有るのですが、なかなか集中出来なくて更新が滞ってしまってます。。。

書けない時はしょうがない、ノンビリペースで行こうと思います。

先ほどは怪談まがいなお話をしましたが、ひふみ神示にこんなのがありました。

霊人と語るのは危ないぞ。気つけくれよ。人は人と語れよ。」

 地震の巻 第十四帖には、こうあります。

「しかも、霊人は、地上人より遥かに精巧にできていることは、それを構成するものが精巧であることによって立証されるであろう。霊人は、地上人にまして一段と光明の世界にあり、一段とすぐれた霊体を有している。」

病院に出る浮遊霊?的な霊ではなく、霊界~幽界での存在を言っているのだと思いますが、彼らは光から背を向けて身魂が曇っていたとしても、狐狸状態だとしても、私たち地上界の人間よりも数段格の高い徳と智慧を有している事かと思います。

そんな存在にとって、目クラの人間を手玉に取るなど雑作も無い事かもしれませんし、人間には危険な状態にある事など、余程の事が無い限り気が付くのは難しいのではないかと思います。

ですから、霊と語るなと言われても、語らされている場合が多いのかもしれません。

でも、それを招くのは自分に呼ぶ物を持っているからなのですよね。

 ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第十八帖(529) 昭和二十四年十一月二十七日、旧十月八日(1949年)

 祈れば祈る程 悪うなることあるぞ。結構な道と判らんか。心して迷ふでないぞ。天国の門、貧者富者の別ないぞ。別ある境界つくるでないぞ。世界中一度にゆすぶると申してあらう。釦(ボタン)一つででんぐり返ると申してあること、未だ判らんのか。神罰はなし。道は一つ二つと思ふなよ、無数であるぞ。(但し内容は一つぞ。)新しき道拓いてあるに、何故 進まんのぢゃ。下腹からの怒は怒れ。胸からの怒は怒るなよ。昔から無いことするのであるから、取違ひ もっともであるなれど、分けるミタマ授けあるぞ。高い天狗の鼻まげて自分の香 嗅いで見るがよいぞ。鼻もちならんぞ。今迄のこと ちっとも交らん新しき世になるのであるから、守護神殿にも、判らんことするのであるから、世界の民みな一度に改心するやうに、どん詰りには致すのであるなれど、それ迄に一人でも多く、一時も早く、改心さしたいのぢゃ。気ゆるめたら肉体ゆるむぞ。後戻りばかりぢゃ。霊人と語るのは危ないぞ。気つけくれよ。人は人と語れよ。かのととりの日。一二十

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