« 臣民の本当のあるべき姿とは (富士の巻より) | トップページ | 地つ巻から »

天つ巻より

今日は天つ巻を読んだ中から少しだけ取り上げてみました。

私なりの視点ですが、関心を持たれるきっかけにでもなればと思います。

=====================

この神示言波としてよんで下さい。 (第12帖)

 神示は広がり伝えなければならないものですね。

神々にも守護神にも読んで聞かせなさいと言ってます。

しかし、教会を作る必要もなく、集団組織もNG。それぞれ皆さんのお家が事務所だよと、神示に書かれてますね。

昔から生き通しの活神様がすることです。泥の海にする位は朝飯前の事ですが、それでは臣民が可哀想なので天の大神様にこの方がお詫びして1日1日と延ばしているのですよ。その苦労も分からずに臣民勝手な事ばかりしていると、神の堪忍袋が切れたら、どんな事になるか分かりませんよ。米が有ると言って油断してはなりません。一旦は天地へ引き上げです。 (第17帖)

神は大難を小難にまつりかえているのに分かりませんか。えらいむごい事になるのを小難にしている事が分かりませんか。ひどい事が出て来るのを待っているのは邪のみたまです。そんな事では神の臣民とは言えません。

臣民は神に、悪い事は小さくしてくれと毎日お願いするのが務めです。 (第24帖)

 はじめ半ば焼くぞとか書かれているけど予言や予測が当たらないではないか。神の言う事とかいって違うではないかと、色々と言う人が出てくる事と思いますが、神様だって、そんな事にならない様に努力して下さっていると言う事ですね。

 そして臣民は、さまざまな人生の事情や都合は有るでしょうけれど、大難を待っているようではいけません。

毎日、小さくなる事をお祈りするべきですね。

身魂を磨き改心する努力も、小難に繋がる行いかと存じます。

お土踏ませて頂きなさい。足を綺麗に掃除しておきましょう。足が汚れていると病になりますよ。足からお土の息が入るのですよ。へその緒の様なものです。

天地唸ります。でんぐり返ります。世界一度にゆすります。神はおどしているわけではありません、迫っていますよ。 (29帖)

 お土は神の体の事ですね。

歩む際に、足は土に直接触れる所です。

神との祀り合いには、身魂が汚れて曇っていてはいけません。

神と直接触れる部分は奇麗にしておかなければなりませんね。

何やらポールシフト的なものとも取れる様な事が最後に書かれているようですが、小難になりますように。。。

|

« 臣民の本当のあるべき姿とは (富士の巻より) | トップページ | 地つ巻から »

ひふみ神示」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 天つ巻より:

« 臣民の本当のあるべき姿とは (富士の巻より) | トップページ | 地つ巻から »