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雨の巻 第3帖

訳していて、分かりにくい文章が多くありましたので、読み方が間違えているかもしれません。

原文の訳も載せておきますので、皆様でご判断して下さればと思います。。

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(第3帖)

 草木は身を動物や虫けらに捧げるのが嬉しいのですよ。種は残して育ててやらねばなりません。、草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのですよ。出世するのだから嬉しいのですよ。草木から動物虫けらが生れると云ってあるのです。

 万物が、それぞれの役割を果たすべく生かされているのですね。

役割になりきり、御用をつとめる事が何よりの喜びとなるのでしょう。

与え与えて宇宙は生成進化して行きます。

人の身(み)神に捧げるのですよ。神の御身(みみ)となることは嬉しい事でしょう。惟神のミミとはその事ですよ。

 神人共に融け合うですね。大和です。

神示よく読めば判るのですよ。此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道でなのですよ。

 753ではなく、357がまことの道とは、この事を言っているのでしょう。

 嬉し嬉しは、甘露よりも甘く美味な事でしょう。

私が解読する際に、時折ブッダの言葉を引用する事が有りますが、私の場合は宗教家ではなく思想家、哲学者として捉えておりますので、そんな観点から使わせて頂いております。

神示よく読んで下さいよ。何んな事でも人に教へてやれる様に知らせているのですよ。

いろはに戻しますよ。一二三(ひふみ)に返しますよ。一二三(ひふみ)が元ですよ。

 神示を読めば、元に戻す事の意味が分かるようになりますし、人にも教えられるようになります。

天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 を魂までよくしみていないと御恩は判らないのですよ。

 ミロク様は水の守護、日の大神様は火の守護。

 この事を知っておかなければ、苦難に遭った際に、神も仏も無いと見当違いの事を言い、神を呪い嘆き悲しむ事になります。

悪も善に立ち返って御用するのですよ。善も悪もないのですよと云っているのです。

 悪を悪と思うのは人の心ですね。人の都合から判断されたものです。

 本来は善も悪も有りません。大神の視線で見るならば、それぞれが役割をつとめているだけの事なのでしょうね。

の国真中に神国になると云っているのです。日本も外国も神の目からは無いのだと云っているのです。神の国あるのみですよ。判りましたか。

 神は、出来ればすべてを救いたい。求めるべきは神の国です。元の国の真ん中です。

改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやりますよ。何事も我がしているなら自由になるのであるぞ。我の自由にならないのはさせられているからですよ。此の位の事が判からないで神の臣民とは言えませんよ。

 自ら理解して行動するなら自由でいられます。自由でいられないのは意味も分からずさせられているからです。

国々所々に宮柱太敷キ立てて下さい。たかしれよ(高い所を知れ、でしょうか)。此の先は神示に出した事を用いないと、我の考えでは何事も一切成就しないのです。まだ我出して居る臣民ばかりですよ。

従う所には従わなければなりませんよ。従えばその日から楽になって来るのですよ。高い所から水流れる様にと云って知らせてある通りです。

十月の十五日、ひつ九のかみ。

 草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。種は残して育ててやらねばならんのざぞ、草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのざぞ、出世するのざから嬉しいのざぞ、草木から動物虫けら生れると申してあろがな、人の身(み)神に捧げるのざぞ、神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、惟神のミミとはその事ぞ、神示よく読めば判るのざぞ、此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座るぞ、神示よく読めよ、何んな事でも人に教へてやれる様に知らしてあるのざぞ、いろはに戻すぞ、一二三(ひふみ)に返すぞ、一二三(ひふみ)が元ぞ、天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らんのざぞ。悪も善に立ち返りて御用するのざぞ。善も悪もないのざぞと申してあろがな、の国真中に神国になると申してあろがな、日本も外国も神の目からは無いのざと申してあろうが、神の国あるのみざぞ、判りたか。改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやるぞ、何事も我がしてゐるなら自由になるのであるぞ。我の自由にならんのはさせられてゐるからざぞ、此の位の事判らんで神の臣民と申されんぞ、国々所々に宮柱太敷キ立てよ、たかしれよ。此の先は神示に出した事もちいんと、我の考へでは何事も一切成就せんのざぞ、まだ我出して居る臣民ばかりであるぞ。従ふ所には従はなならんぞ、従へばその日から楽になって来るのざぞ、高い所から水流れる様にと申して知らしてあろがな。十月の十五日、ひつ九のかみ。

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