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地つ巻から

本日は36帖あります地(九二)つ巻から取り上げますが、少しだけです。

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地(くに)つ巻書き知らせます。世界は一つの実言(みこと)となるのです。それぞれの言の葉はありますが、実言は一つとなるのですよ。てん詞様の実言に従うのですよ。命の世が近づいてきましたよ。 (第1帖)

 言の葉はお日様を浴びて栄養を作り、言の実は成り成る成果であり実りなのでしょうね。

実言に従えるだけの資質を養わなければ、新しい世は来ないかもしれません。

この道は中ゆく道です。左も右にも偏ってはなりません。 (第4帖)

 ひふみ神示は時として「有と無」と、この「中ゆく道」と、老荘思想の主要概念が取り入れられています。

特に有無に関しましては、とても難しい概念でありまして、無を知る事が到達する境地の最終点とも言えるものですから、予言や裏読みに加えて神示の解読を困難にする要素の1つではないでしょうか。

今後他の神示で取り上げる事になりますので、またその時にでも何か書こうかと思います。

臣民からは阿房に見えても、素直な人には神がかりし易いのですから、早く素直に致して下さい。海の津波に気をつけて下さい。前に知らせてあげます。 (第21帖)

 津波が例えではなければ、現実に起こる海の現象なのだと思いますが、気になりますね。

第29帖では、「山の津波に気をつけろ」とあります。

山を呑むほどの大津波の事なのか、大規模な山崩れなのか、それとも両方なのかも。

第32帖では、「仕組み通り来ているのだが大難を小難にすることできるのざぞ、神も泥海はまっぴらぞ」とあります。

まっぴらではありますが、この世では何事も臣民次第ですね。

阿房に見える人ですが、トルストイの「イワンのバカ」は面白い作品ですし、読めば参考になるかもしれません。

この道を広めるには教会の様なものでつとめないでください。まとゐを作らないでください。声から声、体から体へと広めて下さい。 (第23帖)

 神は、大本教が本殿を持ち教団と成って活動している事を残念に思っているのでしょうね。

そういえば、ミロクの世は大本教の基本理念ですが、天明氏の神示では、五六七をミロクとしていますが、”あの方”とか”てんし様”を多用して、弥勒を使わない様にしているみたいです。

例えば「てん詞様の御光は神の光であるのだぞ」(地つ巻11帖より)など、「ミロクの光は神の光ぞ」としても良さそうなのですが。

ミロクとしてしまいますと、臣民は神秘主義に走りますし教会も作ってしまいそうですから、正解かもしれませんね。

世界での変わった事は皆この方の仕組みの節々ですから、身魂を磨いたら分かりますから、早く身魂磨いて下さいよ。 (第35帖)

身魂を磨かなければどう解るのか分かりませんが、身魂の曇りが晴れれば見通しがきくようですので、改心第一ですね。

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