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水の巻より

 キの巻、水の巻、松の巻は、昭和20年の春前後に出された神示という事も有り、当時の天明氏と臣民達に対して伝えている感が強い様に思えますので、今回は省略しようかと考えましたが、時代を越えて共通するものは有りますので、幾つか抜粋することにしました。

 あってはならない事ですが、日本がまた戦争に巻き込まれないとも限りません。

そんな時代背景もあってか、松の巻の次に来る神示は終戦頃ですので、夜明けの巻となっているのでしょうか。

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神第一とすれば神となり、悪魔第一とすれば悪魔となります。何事も神第一が結構です。

富士は何時爆発するのだ、何処へ逃げたら助かるのかと云う心は 我れよしです。何処に居ても救う者は救うと言ってるのです。悪き待つキは悪魔のキです。結構が結構生むのですよ。 (第11帖より)

 心の持ちようによって人は神にも悪魔にもなれる。その事において人は自由ですね。

神の申す通りにしていれば、どこにいてもジタバタする必要はありません。

神の言う通りに出来る人は、見通しが利いている事でしょうから、大きな心でいられるのでしょうね。

 人間心には我(が)があります。神心には我はありません。我がなくてもいけません、我があってはいけません。我がなくてはならず、あってはいけない道理分りましたか。神にとけ入って下さい。てんし様にとけ入って下さい。我なくせ、我出せよ。

 建替というのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することです。

 建直しというのは、世の元の大神様の御心のままにする事です。御光の世にすることです。てんし様の御稜威(みいつ)輝く御代とする事です。

政治も経済も何もかもなくなります。食べるものも一時は無くなって仕舞います。覚悟して下さい。

正しくひらく道道鳴り出づ、はじめ苦し、展きゐて、月鳴る道は弥栄、地ひらき、世ひらき、世むすび、天地栄ゆ、はじめ和の道、世界の臣民、てん詞様おろがむ時が来るのです。邪魔せずに見物していて下さい、(とはいえ)御用はしなければなりませんよ。

天地まぜこぜとなるのです。 (第12帖より)

 第12帖を分割して読みやすくしてみました。

我よしの動物的個我はいけませんが、かと言って、この世においてまるっきり無ければ修行に成らずに気付き成長が停滞してしまうことでしょうね。

成長の果てに我よしの我が小さくなって、神に通じる本当の我(われ、自身)が湧き出てくるのでしょう。

建て替えと立て直しは大仕事ですし、その影響を人類はまともに受ける事になるのでしょうか。

黄金の金玉を知らないか?

このブログの、「書籍が店頭に並びますた」の記事に書かれている様な事態が本当に目の前に来ているのでしょうか。

来てもいい様に身魂磨きですね。大難を小難にしましょう。

建て替え立て直しごは、天の国と地の国との疎通が滞りなく行われる世となりそうですね。

富士、火吐かぬ様おろがみて呉れよ、大難小難にまつりかへる様おろがみて呉れよ。  (第15帖より)

われの事言はれて腹のたつ様な小さい心では、今度の御用出来はせんのざぞ。心大きく持てと申してあろがな。 (第16帖より)

 

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