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松の巻より1

昭和20年の6月17日から7月19日までに出された神示です。

3月26日から続いた沖縄戦が終了した頃ですね。

日本本土の盾にされ、多くの方が犠牲になりました。

しかし、大本営の情報操作により、天明氏はじめ殆どの方は事実を知らずにいた事でしょね。

亡くなられた方々を犬死になどさせない為にも、悲劇を繰り返してはいけませんし、繰り返させてはいけませんね。

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神の気概に叶わない人民は地の下になるのですよ。神示が分からないのなら、一度捨ててみればわかりますよ。 (第4帖より)

 何を捨ててみると良いのでしょう。

神示の本でしょうか。先入観、固定観念でしょうか。我でしょうか。地位と名誉と財産でしょうか。

何を捨てても構いませんが、命だけは捨ててはいけません。

何だか自殺防止キャンペーンの様になってしまいましたが、沖縄戦では多くの方が自害しました。

今になっても、軍が強要したとかしないとか問題になってます。国は認めたくないのでしょうが、悲しい事ですね。

神の国の政治は、物を活かす政治と言っているでしょう。物を活かせば、経済も政治もいりません。金がものを云う時から、物がものを云う時が来ます。誠がものを云う時が来ます。石がものをいう時がきます。  (第5帖)

 実家が農家の母が言っていましたが、昔は家で作ったもので物々交換をしていた。お米と着る物を交換したり、野菜とお酒を交換したり、飼っていたたヒツジの毛で作った毛糸を何かと交換したりしていた時代があったそうです。

交換するものが有る家だけが出来た事ですが、将来、与える事を喜びとして生活をする臣民により世の中が構成される時が来た場合、全てにおいて物が循環して行き渡る事になるはずです。

そんな世界に権利を買う為の契約である、お金は必要ありません。

共産体制に近い社会になろうかと思いますが、我と欲に支配された今の臣民に共産主義は不可能ですし、そこにマルクス主義の罠が潜んでいるのだと思います。

単純に、神の心のままの形で有れば良いのですよね。

与え合い祀り合い。

「石ものいうぞ」とありますが、石に刻まれた古代文字に、何か重要な意味が有るのでしょうか。

改心をテーマにした神示の読みすすめなのですが、マルクスだのと時折話が逸れてしまいます。

でも、たまには良いでしょうか。神示に書いてある事ですから。

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コメント

戦時中や戦後まもない頃は、物々交換でもしないと食料品がゲット出来ない状態だったようですから、そのような状態が繰り返されるのかもしれませんね。

今後の世の中は、他の人に頼んだ事に対して自分が出来る事でお返しする「お互い様」の世になるのでしょうか?

投稿: 澪 | 2009年5月18日 (月) 21時31分

澪さん、こんばんは。

未来はどんな世の中になっているのでしょうね。
お願いせずとも、人々の方から手を差し伸べてくれるのではないでしょうか。
そして、お礼のお返しはいらなくて、感謝の心だけで十分なのだと思います。
誰もが、だれに対してもそうするのだと思います。
人々は、自分のカラーに応じて与えられた仕事を、喜びを持って勤め上げているのでしょうね。

投稿: とっち | 2009年5月18日 (月) 23時45分

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