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2009年5月

雨の巻 第8帖

御心でもって、天災を待つ事なく、そして大きな災難が小さくなるよう、祈りましょう。

(第8帖)

 大難を小難にと祈りなさいとくどく知らせているのです。如何様にでも受け入れてよい様にしてやる様仕組んである神の心が判りませんか。

 北朝鮮の核開発が問題視されていますが、安保理だの制裁だのなんだの、騒ぎ過ぎですね。

わざと北朝鮮にボタンを押させる口実を与える様に仕向けているとしか思えません。

韓国に核攻撃との話題も出ておりますが、こちらの場合は、ネットで騒ぎになればその通りの見え見えな行動はしないでしょうから、抑止効果、又は予定変更の効果が有るのかもしれません。

あとは、愚かな事をしないように祈りましょう。

天災を待つは悪の心、邪と知らしてあるのがまだ判りませんか。

 御縁のある血筋の臣民は、たくさんの苦労を背負って、辛抱強く落ちぶれた生活をしている事かと思われますが、辛さに負けて「早く世の中壊れちまえ」などと思わない様に、意思をしっかりと持って改心に励みましょう。

国が負けて大変を待ちいる臣民 沢山ありますが、そんな守護神に使われていると気の毒になって来ますぞ。よく神示読んで下さいよ。

 終戦直後は大変だったでしょうね。私達の様な戦後生まれには分からない想像を絶する辛さがあったのでしょうね。

極限状態に置かれても、動かない強い精神を養わなければ、大峠は越せないという事でしょう。

今の守護神、悪の血筋眷属ですよ。悪も御役ながら奥表に出ては誠おさまりませんよ。悪の結構な世は済みて、善結構、悪結構、卍(ホトケ)結構、基(ヤソ)結構、儒結構(コトゴトク)の世となりなる神の仕組 が近くなって来ましたよ。世の元からの仕組、中行く仕組、天晴(アッパレ)三千世界結構ですよ。心の不二も晴れ晴れとなります。結構々々。

 悪もお役ですが、悪が中心にいては良い世には成り得ませんね。

それぞれが、収まるべくポジションに収まり、本来あるべき元の世に戻る仕組み。

甘くてもいけません、辛(カラ)くてもいけませんよ。甘さには辛さがいります。天の神様許りではならないのです。くどく申して此処迄知らせているに、まだ判りませんか。

 天の神様は地の神様とあらわる。

ここでは、「男の魂は女、女の魂は男」「母と現はれる時は父その中に居り、父と現はれる時はその中に母ゐるのであるぞ。何れも親であるぞ。父となり母となり現はれるのであるぞ」と同じ事を言っていると思います。

参考に白銀の巻 第2帖より抜粋

「愛には真かくれ、真には愛かくれ、その奥にがあるのぢゃ。人間はおやを父と母とに区別してゐるが、母と現はれる時は父その中に居り、父と現はれる時はその中に母ゐるのであるぞ。何れも親であるぞ。父となり母となり現はれるのであるぞ。愛と真、善と智と区別して説かしておいたが、それは今迄のこと、いつまでもそんなところでまごまごさしてはおけんぞ。」

心さっぱり大河に流して神示読んで下さいよ。何時迄も神は待てまえんよ。辛さには甘さかげにあるのですよ。此の道理よくお判りでしょう。

水の味 火の味 結構です。恐い味ない様な結構な恐さですよ。喜びですよ、苦しみですよ、此の道理よく判りましたか。

 こちらの場合甘さ辛は、淡水と海水として捉えてみますと面白いかもしれません。

北極南極の氷が何かしらの熱作用により溶解し、地軸移動の引き金になる。

そして海の水が地上を走りまわり大洪水。

神にしてみますと、リセットによる新しい世への移行の為になる事で喜ばしいのですが、それが人類にとりましては大災害となる苦しみですよ。

なぜか違和感を感じませんが、どんなものでしょう。

神の御恵み神の御心判りましたか。御心とは三つの御心です。、

一と十ととでありますよ。御心結構ぞ、世の元の神の仕組の現われて三千世界光り輝く、あなさやけ。十一月二十七日、ひつくのか三。

 神示と成十、中心の神心。

三千世界を、光輝かせましょう。

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雨の巻 第7帖

疲れと睡魔で、なんとなく作業が大雑把かもしれません。

(第7帖)

 神の心の判った臣民から助ける御用にかかって下さい。

助ける御用とは清めの御用です。天地よく見て悟って下さいよ。

 助けると言っても、肉体的な生命を助けるのではなく、改心を促す御用です。

 それが本当の意味での救いに繋がります。

三四五(みよいづ)の御用は出来上がってしまわなければ、御用している臣民にはさっぱり判らないのですよ。使われているから判らないのですよ。

 自ら調べてしくみの理解が深まるにつれ、自然と自分の意志で御用をつとめる事と思います。

3人集まりゃ文殊の知恵と言いますし、御用は一人でなは無く2人3人で行うのが良いでしょう。

 出来上がってから これは何んとした結構な事であったかとビックリするのですよ。

アメのひつ九のか三とはアメの一二の神ですよ。アメの(つきひ)の神です。元神ですよ。ムの神です、ウの神です、元のままの肉体を持っていなさるる御神様です。

つちのひつ九のおん神様です。つちの(ひつき)の御神様と今度は御一体となりなされて、今度の仕組 を見事成就なされるのですよ。判りましたか。

 てんし様の御用を説明しているようですね。

日月の神と一体となるようです。

九二つちの神 を大切にしなさいとくどく云っているのです。今迄の臣民人民、九二の御先祖の神をおろそかにしているぞと云って知らしてあるでしょう。

 神は千に返ります。九二つちつくること何んなに難儀な事か人民には判らないでしょうが、今度さらつの世にするには人民もその型の型の型位の難儀しなければなりませんよ。

それでよく堪(こば)れない臣民 は沢山にあるのですよ。元の神の思いの何万分の一かの思いをしなければなりませんよ。

 余程の難儀なのでしょう。沢山の臣民が耐えしのげないようです。

今度 世が変ったら、臣民 此の世の神となるのですよ。国の洗濯はまだまだ楽ですが、ミタマの洗濯 中々に難しいのですよ。人民 可哀想だから延ばしに延ばしているのですよ。幾ら言い聞かしても後戻り許りです。言い聞かして改心出来なければ改心する様に致すより もう手がない様になっているのです。

 自発的な改心を願い、神示を書かせて様子を見ながらじっと待っているのですが、改心出来ないようですと強硬手段を取る以外に無くなってしまいます。

それですと可哀想ですので、神は延ばしに延ばしているのですが、そろそろ限界が来ているのかもしれません。

何時どんな事があっても神は知りませんよ。上から下までも誰によらん今迄の様な我儘させませんよ。役員 馬鹿にならなければいけませんよ。大のつく阿呆になって下さい。のつく阿呆にあやまってならないでください。

阿呆でないと今度の誠の御用は困難です。命捨てて命に生きる時と云ってあるでしょう。非常の利巧な臣民人民アフンですよ。今にキリキリ舞するのが目に見へないのですか。何時も変らぬ松心でいて下さい。建替えを致したら世界は一たん寂しくなりますよ。こうして神が物申して居る内に改心しなければなりませんよ。後悔などしていても間に合わないと云っているのです。十一月二十三日、ひつ九のかミ。

 理屈ではなく、感性、センスを駆使して道を歩みましょう。

常識に囚われず、執着を捨てなければキリキリ舞いとなります。

建て替えが行われますと、一旦は地上から人類が消滅した様になりますが、その前に、こうして神からのメッセージが来ているうちに改心しておいて下さい。

その時が迫っています。反省は必要ですが、後悔は不要です。

心を広く大きく、そして松心でいて下さい。

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雨の巻 第6帖

(第6帖)

神示をよく読めと、神示をよく肚に入れよと申してあるのですが、神示を肚に入れると胴がすわるのですよ。

世界から何んな偉い人が出て来て何んな事を尋ねても、教へてやれる様になるのですよ。

 無知は恐れを生みますが、無知の知を知ると執着が消え見通しが利きますので、心動かず恐れも不安も無い、といった感じになるのでしょう。神示が肝に入りますと。

目が覚めれば、魂の泉からこんこんと智慧が湧き上がる事でしょう。

神示を胴に入れて頭下げて天地に働いて下さいよ。まつりて下さいよ。素直になれば其の場から其の場其の場で何事も神が教へてやりますから、力つけて導いてやりますから、何んな神力でも授けてあげますよ。

 ”自力ありて他力有り”でしょうか。

実るほどこうべを垂れる稲穂かな。

一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろず)授け申して神人となりますよ。

我さえよけりゃよいとまだ思って御座る臣民、まだで御座いますよ。自分一人で生きていけませんよ、神許りでも生きていけませんよ、爪の垢でもだてについているのではないのですよ、判らないと申しても余りで御座いますよ。

まつりせよ、地(つち)にまつろへよ、天(あめ)にまつろへよ、人にまつろへよ、草木動物にまつろへよ、と、くどく云っているのに、まだ判りませんか。

神拝む許りがまつりではありませんよ。

 学ぶべき対象は、目の前にいくらでも存在してますね。生活そのものが修行です。

真が通る理で真通理(まつり)と日の出の巻 第17帖にありますが、真ん中の奥に神の座った真と現れ愛と現れ、そして進化を生む。

理屈ではなく理に生きれば、自然と判る事かも知れません。

待ちに待ちし日の出の御代となりにけり、一二三(ひふみ)いろはの世はたちにけり。

 元の世に戻りて、まつりまつりですね。

身慾信心している臣民人民、今に神示が聞けない様に いれものつんぼになるのですよ。きびしくなって来ますよ、毒にも薬にもならん人民、今度は役に立ちませんよ。

悪気ない許りでは一二(ひつき)の御民とはいえません。

あら楽し、黒雲一つ払ひけり、次の一つも払ふ日近し。

 毒が有る事で悪い所が露呈します。

 薬が有る事で悪い所が改善されます。

そうして一歩ずつ進化弥栄へと向かうのでしょうね。

淋しくなったら神示尋ねてみなさい、神示を読まなければ益々判らない事になったでしょう。天国に底がない様に地獄にも底はありませんよ。何処までも落ちますよ。

鼻高の鼻を折らないと、人民が何んと申しても神は承知出来ません。

 鼻高天狗のままでいますと、どこまでも落ちますよ。

機会があったら神示を読んでみて下さい。その時が御縁のあった時です。大切な何かが判るかも知れません。

十一月二十三日、ひつ九のかミ。

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私だけが気が付いていた心霊写真

先日、北海道の実家にての会話。

ふきの煮つけを料理している母が、

「取ってきたきたふきを○○さんにあげたら、料理したから食べてと持ってきたので、食べたら筋だらけで食べられなかったさ。皮をむく事知らないんだもん、参った」

「○○さんて、ずっと前に引っ越した後に写真付きの葉書を送ってきた人?

神社の鳥居の前で家族で写っていた写真の」

母が少し考えて、

「そう、あの写真の奥さん。よく写真を覚えていたね」

もう30年ほど前の事ですが、ご近所の○○さんが仕事の転勤で福岡に引っ越し、その後今でも毎年葉書を送って下さるのだそうですが、私が覚えていた葉書は一番最初のものでした。

何故、私はその葉書を覚えていたのか。

今でもはっきりと覚えています。

ご家族の後ろに写っていた鳥居の、向って左側のコンクリートで出来た土台に、小さく人の顔が写っていたのです。

男の人の頭でした。

カラー写真なのですが、その顔は白黒の印象が有りました。最初は土台の傷かシミかと思ったのですが、じーっと良く見ると、やはり顔です。

私は学校から帰って来て、幼い弟と母と3人で写真を見ていたのですが、私はその顔に気がつき、変なの写ってるなぁ、先方さんは分かってて送ってきたのかなぁ・・・など考えながら見ていたのですが、気が付いていたら送らないですよね、きっと。

それ以後、霊障など無いか気にはなっていたのですが、少し暗い印象はありましたが、それほど嫌な物は感じませんでしたので、神社だから自縛霊じゃないかもしれませんし、家族には話さないでいました。

そして、今回、初めてその話を母にしました。すると、、、

「あら! あの後お孫さんが電車に轢かれて亡くなってるんだよ」

「ああ・・・」それを聞いて私も思い出しました。

その時は既に就職して家を出ていたので、風の噂でちらっと聞いた程度でしたので忘れてました。

「あの写真はご先祖か神様の警告だったのかねぇ。教えてあげた方が良かったのかな・・・」

そんな話をしながら、「あの写真はまだ有るの?」と聞くと、母は、

「引っ越した時にどこかに行ったと思う。捨てたかな? たぶんもう無いよ」

供養もせんと捨てたんかい(^^;)みたいな。。。

お孫さんはお気の毒でしたが、今年も年賀状を送って下さり、その住所からGoogleの航空写真地図で福岡のどんな所か母に見せてあげました。

地球の映像から家の屋根の形まで分かる今時の地図に、古い私の両親は関心しきりでした^^

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雨の巻 第5帖

(第5帖)

 神示に書かせたら、日月の神(一二)が天明に書かすのですから其の通りになるのですよ。

皆仲よく相談して悪い事は気を付け合ってやって下さい。それがまつりですよ。

王(おー)の世が(さかさまのおー)の世になって居るのを今度は元に戻すのですから、その事 を早く判っていないと一寸の地の上にいられない事になるのですよ。

今度の戦(いくさ)が済んだら世界一平一列一体になると知らせたあるのです。一列一平 其の上に神が居られるのですよ。

神なき一平一列は秋の空です。魔の仕組、神の仕組、早く旗印見て悟って下さいよ。

 神示に書かせてある通りになる。

悪の王から誠の王へ。

神との和合のもと、支配する者もされる者もない世が来ます。

この戦の目印となる物、行動の目標となる物は何でしょうね。それを見て、早く悟って下さいとの事です。

神は臣民人民に手柄致させて万劫末代、名を残して世界を唸らすのですよ。これ迄の事は一切用いられない事になるのだと云ってるでしょう。論より実地見て早く改心結構、何事も苦労なしには成就しないのですよ。苦労なしに誠ありませんよ。

 私はいまいち懐疑的なのですが、フォトン・ベルトが関心を集めているようです。

2012年、太陽系がフォトンの中を通過する際、電磁波の影響で次元上昇が起こり、人類は半霊半人になると考えられているそうです。

人類の上昇ですが、努力による身魂磨きと改心により達成されるもので、電磁波は関係ありませんね。

仮に本当にフォトンによる宇宙規模の異変と地上の天変地異が有り、人類が沙汰されるとしますと、フォトンに限らず予言を当てる事が出来たとしましても、今のままですと誰も救われる事無く、半霊半人にならずに終わってしまうのではないでしょうか。

努力し苦労し、改心あっての次元上昇進化弥栄なのだと思います。

電磁波浴びれば改心できるのでしたら楽でいいですが、学や知では分からない事が有るのですと、完全には否定できないかも知れません。しかし、何か別の大きな事を隠す為の情報操作の可能性もあるかもしれませんので、私は参考程度に留めておく事にします。

三十年一切(ひときり)です、ひふみ肚に入れよ、イロハ肚に入れよ、アイウエオ早くたためよ、皆えらい取違いをしてますよ。宮の跡は草ボウボウとなりますよ。祭典(まつり)の仕方スクリと変へさしますよ。誠の神の道に返さすのですから、今度は誠の生神でないと人民やろうとても出来はしませんよ。

 今までの常識を見直し、悪しき習慣から脱し、元の言霊数霊の状態に返らなければなりませんね。

30年1切とは何でしょう。

この神示が出たのが1945年です。

1975年、2005年、2035年、2065年・・・?

十月十七日、ひつ九のかミ。

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鳥取県 砂像コンテスト

澪さんより、砂像の写真を送って頂きましたので、ホームページにUpしました。

http://homepage3.nifty.com/totuti-sunrise/newpage373737.htm

写真で見ますと、砂で作られている様には見えませんね。

どれも素晴らしい作品です。

澪さん、どうもありがとうございました^^

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雨の巻 第4帖

苦労の末に何かを感じたら、世界の人々と手を取り合って良い世界を作りましょう。

大雑把にいえば、その様な内容でしょうか。

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第4帖

 世界の臣民 皆で手を引き合って行く時が来た位 言わなくても判っているでしょう。それでもまだまだ一苦労二苦労あるのですよ。頭で判っても肚で判らねば、発根(ほっこん)の改心出来なければ、まだまだ辛い目に会遭うのですよ。人民 は自分で首をくくる様なことになるのですよ。判ったでしょう。

 根が張りしっかりと身魂に食い込んだ改心でなければ、心根からの改心でなければ、イザという時に本性が現れる事でしょう。

天の御三体の大神様と 地のおつちの先祖様でなければ今度の根本のお建替は出来んのですよ。(頭で)判っても中々判らないでしょうね。洗濯が足りないのですよ。

 天の天照大神、月読大神、須佐鳴大神と、地におわす”てんし様弥勒”でしょうか。

 それが分かっても、神様が具体的に何をなさるのかは判りませんね。

洗濯が足りないようです。

今度はめんめにめんめの心改めて下さいよ。神は改めてますが、神から改めさせるのでは人民が可哀想ですから、 めんめめんめで改めて下さいよ。改まっただけ おかげあるのですよ。

 めんめは目の幼児言葉の事でしょうね、きっと。

しがらみの無い、生まれ赤子の心で神示を読んで、そして改心して下さいと解釈しておきましょう。

今度の岩戸が開いたら末代の事ですよ。天地の違いに何事も違ふのですよ。信者は引張りに行ってはいけません。神が引き寄せるのですから。役員の所へも引き寄せますから、訪ねて来た人民に親切を尽くして喜ばしてやって下さい。人民が喜べば神も嬉い事なのですよ。草木喜ばして下さい、神示をよく読めばどうしたら草木動物が喜ぶかと云うことも知らしてあるのです。

 長い3千世界の歴史の中で、もう岩戸が閉じたり開いたりするのは、これで最後になるようですね。

 出会いは神のお導きですから、親切を尽くしましょう。

 食べ物は野菜果物とし、自身の実とし生きて進化弥栄して下さい。

今迄の心 大河に流してしまえば、何もかもよく判って嬉し嬉しとなるのですよ。

 われよしの心を大河に流してしまいましょう。

 大河は吸収して下さることでしょう。

まだまだ世界は日に日にせわしくなって、云うに云はれない事になって来るのですから、表面(うわつら)許り見ていると判りませんから、心大きく世界の民として世界に目をとどけて下さいよ

 時節は地球規模の現象を見て判断しましょう。

 そして、裏の社会、裏の情報に注意を向けましょう。悪の計画を知る判断材料になります。

 アンテナをピンと張り、目を光らせていましょう。

元のキの神の子と、渡って来た神の子と、渡って来る神の子と三つ揃ってしまはねばならないのですよ。

 中心的役割の神と、すでに来ている神と、これから来る待機中の神が揃った時、大きなうねりとなるのでしょうね。

アとヤとワと云っている事が段々と判って来るのですよ。実地のことは実地の誠の生神でないと出来はしないのですよ。臣民はお手伝いです。

 言霊数霊を参考にしますと、神示を元に介添えとして弥と和・我。この様な見方もありそうですが、どんなものでしょうね。

 古神道に伝わります「アオウエイ」ですが、アはスタートとして大元であり、オウエイは介添えとしますと、1と4の一四ですね。

 母音の数と指の数が同じなのも、深い法則の元に理由が有りそうですね。

脇道に逸れているかもしれませんが、思いついた事を一応書かせて頂きました。

雨風さえどうにもならないでしょう。生物は 何んで息をしているか、それさえ判らいで居て何でも判っていると思っていますが、鼻高だぞと云うのです。今の内に改心すれば名は現はさずに許してよい方に廻してやりますよ。早く心改めて下さい。

 念写は心霊写真、または神示のような自動書記もそうですが、これら不思議な現象に対し、「科学で解明されてない。学術的に証明できない」を理由に非科学的と迷信のレッテルをよく貼られますね。

しかしそれは、解明されていないのではなく、解明するだけのレベルにまで達して居ないので出来ないだけの話ですね。

これから神がする事を、学や知では分からないと、何やら人知を超えた事が起こりそうな暗示が書かれているようですが、そういう物は考えても分からないかも知れません。

感じなければ分からないのかも。。。

十月十六日、ひつ九のか三。

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雨の巻 第3帖

訳していて、分かりにくい文章が多くありましたので、読み方が間違えているかもしれません。

原文の訳も載せておきますので、皆様でご判断して下さればと思います。。

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(第3帖)

 草木は身を動物や虫けらに捧げるのが嬉しいのですよ。種は残して育ててやらねばなりません。、草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのですよ。出世するのだから嬉しいのですよ。草木から動物虫けらが生れると云ってあるのです。

 万物が、それぞれの役割を果たすべく生かされているのですね。

役割になりきり、御用をつとめる事が何よりの喜びとなるのでしょう。

与え与えて宇宙は生成進化して行きます。

人の身(み)神に捧げるのですよ。神の御身(みみ)となることは嬉しい事でしょう。惟神のミミとはその事ですよ。

 神人共に融け合うですね。大和です。

神示よく読めば判るのですよ。此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道でなのですよ。

 753ではなく、357がまことの道とは、この事を言っているのでしょう。

 嬉し嬉しは、甘露よりも甘く美味な事でしょう。

私が解読する際に、時折ブッダの言葉を引用する事が有りますが、私の場合は宗教家ではなく思想家、哲学者として捉えておりますので、そんな観点から使わせて頂いております。

神示よく読んで下さいよ。何んな事でも人に教へてやれる様に知らせているのですよ。

いろはに戻しますよ。一二三(ひふみ)に返しますよ。一二三(ひふみ)が元ですよ。

 神示を読めば、元に戻す事の意味が分かるようになりますし、人にも教えられるようになります。

天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 を魂までよくしみていないと御恩は判らないのですよ。

 ミロク様は水の守護、日の大神様は火の守護。

 この事を知っておかなければ、苦難に遭った際に、神も仏も無いと見当違いの事を言い、神を呪い嘆き悲しむ事になります。

悪も善に立ち返って御用するのですよ。善も悪もないのですよと云っているのです。

 悪を悪と思うのは人の心ですね。人の都合から判断されたものです。

 本来は善も悪も有りません。大神の視線で見るならば、それぞれが役割をつとめているだけの事なのでしょうね。

の国真中に神国になると云っているのです。日本も外国も神の目からは無いのだと云っているのです。神の国あるのみですよ。判りましたか。

 神は、出来ればすべてを救いたい。求めるべきは神の国です。元の国の真ん中です。

改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやりますよ。何事も我がしているなら自由になるのであるぞ。我の自由にならないのはさせられているからですよ。此の位の事が判からないで神の臣民とは言えませんよ。

 自ら理解して行動するなら自由でいられます。自由でいられないのは意味も分からずさせられているからです。

国々所々に宮柱太敷キ立てて下さい。たかしれよ(高い所を知れ、でしょうか)。此の先は神示に出した事を用いないと、我の考えでは何事も一切成就しないのです。まだ我出して居る臣民ばかりですよ。

従う所には従わなければなりませんよ。従えばその日から楽になって来るのですよ。高い所から水流れる様にと云って知らせてある通りです。

十月の十五日、ひつ九のかみ。

 草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。種は残して育ててやらねばならんのざぞ、草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのざぞ、出世するのざから嬉しいのざぞ、草木から動物虫けら生れると申してあろがな、人の身(み)神に捧げるのざぞ、神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、惟神のミミとはその事ぞ、神示よく読めば判るのざぞ、此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座るぞ、神示よく読めよ、何んな事でも人に教へてやれる様に知らしてあるのざぞ、いろはに戻すぞ、一二三(ひふみ)に返すぞ、一二三(ひふみ)が元ぞ、天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らんのざぞ。悪も善に立ち返りて御用するのざぞ。善も悪もないのざぞと申してあろがな、の国真中に神国になると申してあろがな、日本も外国も神の目からは無いのざと申してあろうが、神の国あるのみざぞ、判りたか。改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやるぞ、何事も我がしてゐるなら自由になるのであるぞ。我の自由にならんのはさせられてゐるからざぞ、此の位の事判らんで神の臣民と申されんぞ、国々所々に宮柱太敷キ立てよ、たかしれよ。此の先は神示に出した事もちいんと、我の考へでは何事も一切成就せんのざぞ、まだ我出して居る臣民ばかりであるぞ。従ふ所には従はなならんぞ、従へばその日から楽になって来るのざぞ、高い所から水流れる様にと申して知らしてあろがな。十月の十五日、ひつ九のかみ。

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夏以降も散発拡散?

昨日5月22日毎日新聞朝刊に、新型インフルエンザの特集記事が載ってました。

米疾病対応センター(CDC)のインフルエンザ部副部長の会見で、「新型への感染が各地で散発的に起きる状態が「夏を越えて続く」との見通しを示したとあります。

日本の医療センターも、「新型は殆どの人が免疫力が無い。感染力が季節性より強く、国内でも夏になっても感染が終わる事はないだろう」と、同じ見解を示しているようです。

もう一つ意外な事が書かれています。

「日本での季節性インフルエンザは、12月から4月頃までが流行期間とされ、その後は収束する。ウイルスが低温で乾燥した環境の中で活発に働くためと考えられているが、明確な理由はいまだに分かっていない」

 湿度と高温に弱いから春以降は終息するのかと思っていましたが、明確な理由は分かっていないとの事。

もう一つ、こんな記事が書かれています。

「57年以前生まれに免疫」

スペイン風邪型の免疫が今回の風邪に有効の可能性が指摘されています。

 もろもろ纏めて考えてみますと・・・

新型インフルエンザは、研究室で生まれた可能性が問題視されておりますが、このウイルスは、スペイン風邪のウイルスを品種改良して作られたのではないでしょうか。

そして、スペイン風邪のウイルスも、遺伝子に時限装置を組み込まれ人為的に作られた、当時としては最新のウイルス兵器であったのかもしれません。

そうであるのでしたら、一度感していれば免疫が有効になるのでしょうね。

しかし、今日の新聞を見ますと、週刊文春の広告に、こんな見出しが有りました。

”弱毒性なのになぜ” 国会にマスク14万2千枚、参院議員に「対策キット」

だそうです。

文春を買って読まなければ詳しい内容は分かりませんが、自分達だけ助かろうとする人がどうなるのか、確かひふみ神示に書いてましたね。

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雨の巻 第2帖

もう一帖いってみます。

捉え方に違和感がありましたら、ご意見お願い致します。

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(第2帖)

 天の大神様は慈悲深くて何んな偉い臣民にも底が知れませんし、地の大神様は力がありすぎて、人民には手におえず見当が取れません。そこで神々様を此の世から追い出して悪神の云うことを聞く人民許りとなったのですよ。

 神を知り融け合うには、絶えず自分律し苦労と努力が必要ですが、特に地上の人は肉体を持っているからでしょうか、どうしても楽を求めてしまいます。

日々神と共に有っても、その奥山には到底届くものではないが故に、少しでも目先が曇ってしまうと、たちどころに方向感覚を失います。

レーダー、ナビシステムの無い目視による夜間飛行みたいなものでしょうか。

少しの隙が、時間と共に広がり、やがて上下左右、元が分からなくなってしまったのでしょう。

気がつけば、もうワヤになっていたりします。

七五三(しめ)は神々様をしめ込んで出さぬ為のものと云っている事がこれで分かりますね。鳥居は釘付けの形ですよ。基督(キリスト)の十字架も同様です。基督信者よ改心致して下さい。基督を十字架に釘付けしたのは、そなた達なのですよ。懺悔して下さい、とは外国の事です、が神国の旗印です、神国と外国との分けへだてが誤っていますよ。

 先細りの七五三は、魚を捕る罠の様なものですね。先は閉まってます。

岩戸閉めですね。

道行く先は三五七と広がっていなければなりません。開かなくてはいけません。

戒律で縛り付ける今までのやり方、器を磨く事無く入れ物に神が入っていない信仰。

基督信者は真を知るために改心し懺悔しなければなりません。

しかし、キリスト信者に限った事ではありませんね。

大きな心を持って下さい。かがみを掃除して下さい。上中下三段に分けてある違う血統(ちすじ)を段々に現しますよ。びっくり箱が開きますぞ。八九の次はですよ。

 八で開き、成る十に至る中、違う血筋を現すそうです。

神示から「血筋」を抜き出しましたので、神示を読まれる方めいめいで察して下さればと思います。

・結構な血筋に生まれてゐながら、今の姿は何事ぞ(富士の巻 第07帖 )
・日本の国は元の神の血筋のまじりけのないミタマで、末代 世治めるのざ(磐戸の巻 第13帖)
・今の守護神、悪の血筋眷属であるぞ、悪も御役ながら奥表に出ては誠おさまらんぞ(雨の巻 第08帖)
・四十八柱、四十九柱、それぞれの血筋の者 引き寄せておいて、その中から磨けた者ばかり選り抜く仕組(黄金の巻 第073帖)

何事もウラハラと云っているのです。ひとがひとがと思っていた事は 我の事だったでしょう。よく神示読んでいないと、キリキリ舞いしなければいけませんよ。日本が日本がと思って居た事が 外国であった事もあるでしょう。上下ひっくり返るのですよ。判りましたか。

 ここのポイントは裏腹ですね。

 世の為人の為と言いながら、実は見返りを求めている。自分の不徳を社会のせいにする。

価値観もそうですね。お金持ちが幸せで、貧乏人は不幸である。雇用を生んでいても実質は資本家が労働者から搾取。

そんな世の中ですが、上下ひっくり返ります。

餓鬼までも救はなければならないのですが、餓鬼は食物をやれば救はれますが、悪と善と取違へている人民、守護神、神々様 を救うのは、なかなかですよ。

 身魂は、物で救える様な対象ではありませんので、確かに厄介ですね。

悪を善と取違へ、天を地と信じている臣民人民は、なかなかに改心が六ヶ敷いですよ。我と改心出来なければ今度は止むを得ない事が出来ますよ。

 止むを得ない事とは何でしょう。

 岩戸が開いた先の世に、存在できないと言う事なのでしょうね。

 今の宗教、政治理念と体質、資本主義&社会主義。細かく言えば死刑制度も含まれるでしょうか。

 星の国が泥沼状態のテロとの戦いは、裏腹ですね。

 善悪を取り違える要素を取り上げれば切りが有りませんが、しみ込んだ既成概念から脱するのは容易ではありません。

我程偉い者はないと天狗になっているからと気を付ける程に 悪が太ってますから、こんな身魂は今度は灰です。もう待てない事になりました。十月の十四日、ひつ九のかみしるす。

 偉いとは思っていなくても、誰でも慢心はあるものです。

 一番始末が悪いのは、その事に気が付いていない事です。気がつく事が出来れば、何とかなるのかもしれませんが、灰になってからでは遅いでしょうね。

 日本も官僚天国が崩壊の兆しが見え始めておりますが、今後は何かと激しくなる事でしょうね。

 

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雨の巻 第1帖

終戦から少し途絶えていましたが、昭和20年10月13日から再開され、雨、風、岩、荒、地震の巻と、タイトルに5柱の神の名が付けられた神示が続きます。

太平洋戦争に関する内容が排除された分、予言の考察につきまして取り違いは減るのではないでしょうか。

今回はこのまま改心をテーマに、予言はおまけ程度に触れていこうと思います。

雨の巻から、これまでとは様相を一変し、文章が長くなりトータルでの解読を必要とされ、一部分を抜粋しての紹介では不都合が出そうなのですが、考えながら進めていこうと思います。

とは言いましても、結局はその場その時のアドリブになってしまう気がします。

とりあえず、今日は1帖やってみます。

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(第1帖)

此の度は昔から無かりた事致すのであるから人民には判らん事であるから素直に致すが一等ざぞ、

 予言の場合、それが何なのかが最大のテーマとなりますね。

ここでは深く追求しません、とりあえず。

惟神(かんながら)の道とか神道とか日本の道とか今の臣民は言ってますが、それが一等の間違いだぞと云っているでしょう。惟神(かんながら)とは神人共に融け合った姿の事ですよ。今の臣民は 神を無くして居るではないですか。それでは惟神も神道もないですよ、心大きく、深く、広く持ちて下さいよ。愈々となるまでは落しておきますから、見当とれませんから、よくこの神示を読んでおいて下さいよ。

 今の人々は神をなくしている。

身魂が曇っている為に、神の入れる器になっていないのですね。

まことを見失っているのですね。

いよいよとなるまでは、厳しい人生が与えられますが、心を大きく、深く、広く持っていて下さいとの事です。

世界じゅうに面目ない事がないようにしなさいと云っているでしょう。足元から鳥立ちてもまだ目覚めないのですか、神示(ふで)裏の裏までよく読みなさいと云っているでしょう。

 「足もとから鳥立つ」につきましては消化不良ですが、状況が時節を示しているのにまだ悟れない事を言っているのでしょうか。

鳥とは「十理」を示しているのと、鳥インフルエンザを掛けているのでしたら面白いのですが、そう言うのとは違うのでしょうね。

此の道は只の神信心とは根本から違うと云っているのです、三千世界の大道です。所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所がありますよ。

 所の洗濯とは、人が住む所の洗濯=大洪水でしょうか。

この世では大洪水でも、他の世界ではどうなるのでしょうね。

神界と霊界が浄化されれば、地上界の土地も浄化される事と思いますが、身魂の浄化は自己責任ですね。

「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)が判る時来ましたよ。

 岩戸が開ければ、真実の歴史が解き明かされるのでようね。楽しみですが、立ち会えますでしょうか。

命がけで御用をつとめていると思って邪魔ばかりしているでしょう、金や学や智では大峠越を越せませんよ。神は「せよと申すことするなと申すことも」あるのですよ、裏の裏とはその事です。よく心得て下さって、取違いしないで下さいね。

 ややこしいですね。

 神は、「しなさいと言う事をしてはいけない」と言う事もあるそうです。

それが裏の裏だそうです。

それは何なのか、具体的に何処に書かれているのか、今後気にしながら読まなければなりませんね。

手のひら返しますよ、返させますよ。此の度の岩戸開きは人民を使って人民を助けるのです。人民は神のいれものとなって働くのです。それが御用なのです。いつでも神かかれる様に、いつも神かかっていられるようでなければいけませんよ。神の仕組が 愈々となりましたぞ。

 手の平返すとは、ころっと、急激に世界が変わる事を意味していそうですね。

激変で有れば、反動は巨大なものになりそうです。

今度の神の計画は、人が神かかれるかどうかに懸かっているようです。

ですから、神の入れ物となれるよう器を磨くために、改心第一なのでしょうね。

神人共に融け合う喜びの世を向える為に。

読みやすい様に全文を分割して紹介させて頂きましたが、こうする事により突っ込み所が満載になろうかと思います。

鋭いご意見が有りましたら、嬉しく思います。

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川崎でも。また高校生だに。

ついに首都圏で新型インフルエンザが見つかったと、今朝テレビを点けたら騒いでました。

こんなに暖かいのに。

今週末に帰るのですが、仕事に差し支える様なめんどくせ~事にならなきゃいいなと思います。

仕事でマスク使いますしねぇ。迷惑な話です。

今日は暖かな朝なのですが、やけに鳥たちが賑やかです。

気温も上がり、活気に満ちてきたのでしょうか。

家の通気口内に雀が巣を作り雛が孵っていたのですが、今朝、カラスに雛を獲られてしまいました。

厳しい世界ですね。

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夜明けの巻より4 アオウエイ

 第13帖より

広島の原爆が投下された数日後に出された夜明けの巻最後の神示です。

この後、2か月の間をおいて、次の「雨の巻」が出されます。

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アオウエイ。

カコクケキ。

サソスセシ。

タトツテチ。

ナノヌネニ。

ハホフヘヒ。

マモムメミ。

ヤヨユエイ。

ラロルレリ。

ワヲウヱヰ。

アイウエオ。ヤイユエヨ。ワヰヱヲ。カキクケコ。サシスセソ。タチツテト。ナニヌネノ。ハヒフヘホ。マミムメモ。ヤイユエヨ。ラリルレロ。ワヰウヱヲ。

ここに紹介させて頂きますが、第13帖に有ります、「イシの人と、キの人と、ヒの人と、ミヅの人と、できるぞ。」につきましては、田舎さんのご解説とても勉強になりますので、今後も参考にさせて頂きます。

ありがとうございます。

http://123.mikosi.com/4ake.html

 私も神示を読んでまして、少し気になった部分を取り上げたいと思います。

「アオウエイ、・・・」ですが、言霊での50音順とされていますね。

神に通じる元から伝わる音の配列かと思われます。

そこで、「イシの人と、キの人と、ヒの人と、ミヅの人」ですが、言霊の音順でみますと、各行の最後の文字が多く、中の文字も少々含まれているのが分かります。

また、神示には「シチニの神」も出てきますが、このシチニもサ、タ、ナ行の最後の文字になります。

「イリイの神」も最後の文字です。

逆にアの神、ヤの神、ワの神は行の頭の音。

これらを大雑把に捉えますと、各行の最後に有る文字であらわされるものは、天においても地においても、底辺から支える存在か、そんな気がします。

それが、地で働き天に返り、天地となるのかもしれません。

イシは1と4だと神示に有りますが、手の指と同じ働きが有るのでしょうね。

1本の親指と4本の指で巧みに物を掴み仕事をします。その手が右と左の両方に有るお陰で、柏手を打つ事が出来るのですね。

脳みそで考えた理屈かもしれませんが、そんな思いが過りました。

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ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第十三帖(333) 昭和二十年八月八日、旧七月一日(1945年)

 あら楽し、すがすがし、世は朝晴れたり、昼晴れたり、夜も晴れたり。あらたのし、すがすがし、世は岩戸明けたり、待ちに待ちし岩戸開けたり、此の神示の臣民と云ふても、人間界ばかりでないぞ。神界幽界のことも言ふて知らしてあると、申してあろが。取違ひ慢心一等恐いと申してあろが。祭典(まつり)、国民服もんぺでもよいぞ。天明まつりの真似するでないぞ。役員まつりせい。何も云ふでないぞ。言ふてよい時は知らすぞよ、判りたか。仕へる者無き宮、産土様の横下にいくら祀ってもよいぞ。天明は祈れ。祈れ。天に祈れ、地に祈れ、引潮の時引けよ。満潮の時進めよ。大難小難にと役員も祈れよ。口先ばかりでなく、誠祈れよ。祈らなならんぞ。口先ばかりでは悪となるぞ。わかりたか。今度は借銭済(な)しになるまでやめんから、誰によらず借銭無くなるまで苦し行せなならんぞ、借銭なしでないと、お土の上には住めん事に今度はなるぞ。イシの人と、キの人と、ヒの人と、ミヅの人と、できるぞ。今にチリチリバラバラに一時はなるのであるから、その覚悟よいか。毎度知らしてあること忘れるなよ。神示 腹の腹底まで浸むまで読んで下されよ。神頼むぞ。悟った方 神示とけよ。といて聞かせよ。役員 皆とけよ。信ずる者皆人に知らしてやれよ。神示読んで嬉しかったら、知らしてやれと申してあらうが。天明は神示書かす役ぞ。アホになれと申してあろが、まだまだぞ、役員 気付けて呉れよ。神示の代りにミ身に知らすと申してある時来たぞ。愈々の時ぞ。神示で知らすことのはじめは済みたぞ。実身掃除せよ。ミ身に知らすぞ。実身に聞かすぞ、聞かな聞く様にして知らすぞ。つらいなれど、がまんせよ。ゆめゆめ利功出すでないぞ。判りたか、百姓にもなれ、大工にもなれ、絵描きにもなれ。何にでもなれる様にしてあるでないか。役員も同様ぞ。まどゐつくるでないぞ、金とるでないぞ。神に供へられたものはみな分けて、喜ばしてやれと申してあろが。此の方 喜ぶこと好きぞ、好きの事栄えるぞ。いや栄へるぞ。信者つくるでないぞ。道伝へなならんぞ。取違へせん様に慢心せん様に、生れ赤児の心で神示読めよ。神示いただけよ。日本の臣民 皆勇む様、祈りて呉れよ。世界の人民 皆よろこぶ世が来る様 祈りて呉れよ、てんし様まつれよ。みことに服(まつ)ろへよ。このこと出来れば他に何も判らんでも、峠越せるぞ。御民いのち捨てて生命に生きよ。「鳥鳴く声す 夢さませ、見よ あけ渡るひむかしを、空色晴れて沖つ辺に、千船行きかふ靄(もや)の裡(うち)。」「いろは、にほへとち、りぬるをわかよ、たれそ、つねならむ、うゐのおくやま、けふこ、えてあさき、ゆめみしゑひもせすん。」
 「アオウエイ。カコクケキ。サソスセシ。タトツテチ。ナノヌネニ。ハホフヘヒ。マモムメミ。ヤヨユエイ。ラロルレリ。ワヲウヱヰ。」
 アイウエオ。ヤイユエヨ。ワヰヱヲ。カキクケコ。サシスセソ。タチツテト。ナニヌネノ。ハヒフヘホ。マミムメモ。ヤイユエヨ。ラリルレロ。ワヰウヱヲ。五十九柱ぞ。此の巻 夜明けの巻とせよ。この十二の巻よく腹に入れておけば何でも判るぞ。無事に峠越せるぞ。判らん事は自分で伺へよ。それぞれにとれるぞ。天津日嗣皇尊(あまつひつぎすめらみこと)弥栄(やさか)いや栄(さか)。あら楽し、あら楽し、あなさやけ、あなさやけ、おけ。
 一二三四五六七八九十百千卍(ひふみよいつむゆななやここのたりももちよろず)。
 秋満つ日に、アメのひつ九かみしるす。

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夜明けの巻3

天の異変に気付きなさいと言っているでしょう、冬の次は春とは限らないと言っているのです。夏に雪が降る事もあるのですよ。神が降らすのではありません。人民が降らすのです。人民の邪気が凝って、天にも地にも、訳の分からない虫が湧きますよ。訳の分からない病がひどくなってきますので、書かせてある御神名を取らせて下さい。旧9月8日までに何もかも始末しておいて下さい。心引かれる事を残しておくと、詰まらない事で詰まらない事になりますよ。もう待てない事にギリギリになっている事が判るはずです。 (第3帖)

今や温暖化の名目で、誰もが天変地異を気にする時代ですが、今後激化するもどうなるも人民の心次第。間にあわないところまで来ています。

1945年、旧9月8日は、太陽暦で10月13日になります。

昭和20年10月13日は、軍機保護法廃止が閣議決定しております。

2日後の15日には、ポツダム宣言で治安維持法・国家保安法・思想犯保護観察法などの廃止が決定しております。

さりげない予言の部分ですね。

完全なる米国支配下に入り、天皇バンザイ、軍国主義の傘の元にあぐらをかいていた人は、意識の変革を求められる日となりました。

過去の習慣に囚われていると、新しい社会では受け入れられなくなる、そんな事態が1945年だけではなく、今後近い将来にも起こりえる事を頭の片隅にでも入れておく必要があろうかと思います。

神の臣民に、楽な事になりますよ。理屈の無い世にしますよ。理屈は悪だと伝えてます。理屈の無い世にします。理屈比べの気負いを無くしてしまいますよ。人に知られないように良い事をつとめて下さいと言っているのです。人に知られないようにする良い事が神心です。神がした事になるのですよ。  (第7帖より)

 ひふみ神示では、理屈は悪だと、かなりの頻度で出てきます。

理屈は人間心、人間の浅はかな知恵と知識から来る取り繕いにしか過ぎない。人知を超えた所からすれば、只のこじつけと言う事でしょうか。

神は理屈ではなく、理だと云ってます。

理屈ばかりで行動が伴わない、理屈と心の不一致。

神心は、理イコール行いなのでしょう。

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夜明けの巻より2

シメて神を押し込めていたのですよ。人民は知らず知らずに罪を犯しているのですよ。

毎日、日々お詫びしなさいと言っているのです。シメて島国日本としているのですよ。

良い世になりましたら、身体も大きくなりますよ。命も長くなりますよ。

いま暫くですから、辛棒して下さい。

食べ物を心配しないでください。油断しないでください。皆々様を喜ばせて下さい。

その喜びは、喜び事となって天地のキとなって、あなたに万倍となって帰ってくるのです。

喜びはいくらでも生まれますよ。 (第2帖より)

1 での前置きで、終戦間際の人々に対する励ましを含めながらの神示ば有る様だと書きましたが、この部分にそれを感じます。

食べ物は心配するな、良い世になれば体格が良くなり寿命も延びる。いま暫くだから頑張れ。

面白い事に、現実に戦後の日本人は体格が良くなり、世界1を誇る長寿国となりました。

しか、これは表向きの予言であり励ましなのだと思います。

もっと後の世の、違う世界の事を伝えたいのだと思います。

何故でしょう。

天地のキです。そして、喜びがいくらでも生まれる世といえば、ミロクの世でなければなりません。

「心棒」

辛抱ではなく、「心棒」と訳されてますね。

ふにゃふにゃのコンニャクから、ビシッと筋の通った神の光を真っ直ぐ頂く身魂になるよう精進しなさい。

そな意味があるのだと解釈しましたが、的を得ていますでしょうか。

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夜明(四あ)けの巻より1

読んでおりますと、昭和20年の終戦間近、国民に「もう少しで良い世になるから頑張れー」と、真理の説明の中に、巧みに励ましをブレンドして届けられているように思えます。

夜明けはもう直ぐです。

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今までは悪い世でしたから、己を殺して他人を助ける事は、この上も無い天の一番の教えとしていましたが、それは悪の天の教えですよ。

己を活かし他人(ひと)も活かすのが天の道です。

神の御心です。

他人を殺して己が助かるのも悪です。己を殺して他人を助けるのも悪です。

神人ともにと言っているのです。

神は人に依って神になり、人は神によって人になるのですよ。 (第1帖より)

 神示の中で最も好きな部分の1つです。

いつのことでしたか、駅のホームで線路に落ちた女性を救い、命を落とした韓国のお若い学生さんがいましたね。

素晴らしい方です。死んではいけなかった・・・

ご本人は死ぬつもりはなかったのだと思いますが、痛ましい結果になってしまいました。

 この神示が出された当時、若い命が無駄に失われる神風特攻隊のニュースを、天明氏は心を痛めながらラジオで聞いていた事でしょう。

神様は、その心に感応してこの神示を降ろしたのかもしれません。

宗教でも、自己犠牲、自分の命よりも相手の事を大切に思う心が真実の愛などを尊びますが、自分も他の人も等しく神に生かされている存在である事を忘れてはいけませんね。

今日は、霜にやられた分のトマトの苗を父が買ってきたので、植えるのを手伝っていたら時間が無くなりましたので、この神示一つだけとします。

 人は誰でも、神様のキを心に受け取り行い、その行いによって神様が喜ぶ、そんな関係となっていなければ光の世にはなりませんね。

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マスク品切れ

昨日ですが、ドラッグストアのマスク売場を覗いてみました。

品切れでした。

どこのお店も品切れでした。

ガーゼのマスクは少し残ってました。

ずいぶん前から「新型インフルエンザは必ず発生するから」とアピールしてタミフルばかり買い占めて、予防の方が肝心なの、なぜマスクをいざという時の為にストックし国民に支給する手配をしていないのか。

変異ウイルスにも効果があるとは限らないタミフル。

一方、マスクは効果にウイルスの別はありません。

マスク製造会社の生産が上がって、売り上げが伸びて、株主はうはうはでしょうか。

いつ株を売って利益を出すか、今頃真剣に考えている事でしょう。

不幸な事態のお陰で喜べる神経も分かりませんが、そんな仕組みの世の中がおかしいですよね。

 大きな病気をした後で、現時点でマスクを必要としている人達に、マスクが行き渡らなくなったら大変です。

今慌てなくても、梅雨から夏の間はインフルエンザも無くなるでしょうから、その時に秋に向けて準備をしておけば良いと思います。

花粉症が終わっても、マスクが手放せないご時世になってしまいましたね。

マスクをしていても、目からも感染しますので、油断は出来ないのですが、誰もゴーグルには関心持ちませんね。

なにはともあれ、今本当に必要な方には、確実にマスクが手に入る様に気を使ってほしいものです。

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松の巻より3

松は、日本文化の象徴的な木ですね。

松竹梅として、長寿、目出度さの象徴でもあります。

燃えやすい気であり、また木の皮と実は食べられるそうです。

日本を表すには、なくてはならない松の木であります。

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世が変わったら生命長くなりますよ。(中略)・・・悪の改心、善の改心、善悪の無い世を光の世と言います。 (第22帖より)

神の世は善悪を超えた所にありますが、この世も善も無ければ悪も無い所に行くのでしょうか。

松の世ですね。

ムからウ生れ、ウからム生れるとお伝えしましたが、ウムが組み組みて、ちからが生れるのです。今度の大峠はムにならねば越せないのですよ。ムがウです。世の元に返すのだと伝えているのです。ムに返れば見えすくのです。風の日もありますよ。(第25帖)

先日、田舎さんから頂きましたコメントに、ム「△」とウ「▽」を重ね合わせると六芒星になると教えられ、成る程と目からウロコでしたが、カゴメ紋とかダビデ紋も同じ形ですね。

麻賀多神社の本殿にも、屋根に同じ紋章が付けられています。

共通する何かが流れている証かと思われます。

 無から有が生まれるのか、有から無が生まれるのか古来から議論があったようですが、家に有ります百科事典に有無についての解説が載ってますので、参考までに書いておきます。

ムに辿り着けますでしょうか。

「無」

老荘思想における主要概念で、認識論的観点から、有から無へという思案の中で、結実した考えと、存在論的観念から無から有へという思案の中で結実したものとの二つの考えが有る。
 前者は、時空に制約された人知と、判断の基準たる名辞の相対性に基づく相対論循環論から抜け出て、真の認識に到達するには、認識主体たる自己および認識客体たる物のいずれも放棄し超越して、主客双方を成立せしめている根源的全一者としての道と合一すべきであり、その境地がすなわち無であるとする。
 道が、物の差別を撥無し包摂しつつ、それを個別化するものである以上、道との合一の境地である無は、無でもなく有でもなく、有無を一つに包含した渾然たる状態であると見られよう。
 後者は、前者の考えと、物は自然に変化するという考えを、安易に接合して形成されたもので、万有が生ずる根源が無に他ならないとする考えである。
これは、有から無への思案の中で有無いずれでもないとした無を、一方向に規定し、むしろ有化したものと見る事が出来る。
この後者の考えは、漢代以降の形而上学的考え方では、自明の公理とされ、その中核となっていく。 

 

松の巻は、ここまでとしておきます。

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松の巻より2

今の世に出ている守護神、悪神を天の神と思っているから、 なかなか改心が難しいのです。今迄の心すくりとすてて生れ赤子となって下さいといっているのです。早やく改心しなければ間に合いません、残念な事になります。 (第6帖)

 第4帖で、何を捨てるのかに触れましたが、「今までの心」とあります。

我よし、固定観念、悪い癖など垢にまみれて曇った心。捨てられますでしょうか。

日本の人民、大和魂は何処にあるのです、大和魂とは神と人と解け合った姿です。 (第8帖)

 大和の国も、そのような意味で地名が付けられたのかもしれませんね。

 改心次第で善の霊(れい)と入れ換へて、その日からよい方に廻してあげます。宵(よい)の明星(みょうじょう)が東へ廻っていたら愈々です。天の異変に 気を付けて下さいとくどく言っておきます。道はまっすぐに行ってください。寄り道しないでください。わき目をふると悪魔が魅入りますよ。それも我れの心からなのです。  (第19帖)

 宵の明星は西の空に見えるものですが、それが東に見えるとは如何なる事でしょう。

常識ではありえないとんでもない事態です。

地球の内側を回る金星が地球から見て、太陽の右に有るか左に有るかで、明けの明星と宵の明星になるのですが、周期的にはだいたい300日ずつでしょうか。

ポールシフトは宵の明星が見られる時期だといっているのでしょうか。

だとしますと、いよいよもいい所の大詰めですね。

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松の巻より1

昭和20年の6月17日から7月19日までに出された神示です。

3月26日から続いた沖縄戦が終了した頃ですね。

日本本土の盾にされ、多くの方が犠牲になりました。

しかし、大本営の情報操作により、天明氏はじめ殆どの方は事実を知らずにいた事でしょね。

亡くなられた方々を犬死になどさせない為にも、悲劇を繰り返してはいけませんし、繰り返させてはいけませんね。

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神の気概に叶わない人民は地の下になるのですよ。神示が分からないのなら、一度捨ててみればわかりますよ。 (第4帖より)

 何を捨ててみると良いのでしょう。

神示の本でしょうか。先入観、固定観念でしょうか。我でしょうか。地位と名誉と財産でしょうか。

何を捨てても構いませんが、命だけは捨ててはいけません。

何だか自殺防止キャンペーンの様になってしまいましたが、沖縄戦では多くの方が自害しました。

今になっても、軍が強要したとかしないとか問題になってます。国は認めたくないのでしょうが、悲しい事ですね。

神の国の政治は、物を活かす政治と言っているでしょう。物を活かせば、経済も政治もいりません。金がものを云う時から、物がものを云う時が来ます。誠がものを云う時が来ます。石がものをいう時がきます。  (第5帖)

 実家が農家の母が言っていましたが、昔は家で作ったもので物々交換をしていた。お米と着る物を交換したり、野菜とお酒を交換したり、飼っていたたヒツジの毛で作った毛糸を何かと交換したりしていた時代があったそうです。

交換するものが有る家だけが出来た事ですが、将来、与える事を喜びとして生活をする臣民により世の中が構成される時が来た場合、全てにおいて物が循環して行き渡る事になるはずです。

そんな世界に権利を買う為の契約である、お金は必要ありません。

共産体制に近い社会になろうかと思いますが、我と欲に支配された今の臣民に共産主義は不可能ですし、そこにマルクス主義の罠が潜んでいるのだと思います。

単純に、神の心のままの形で有れば良いのですよね。

与え合い祀り合い。

「石ものいうぞ」とありますが、石に刻まれた古代文字に、何か重要な意味が有るのでしょうか。

改心をテーマにした神示の読みすすめなのですが、マルクスだのと時折話が逸れてしまいます。

でも、たまには良いでしょうか。神示に書いてある事ですから。

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獣道

09asahiyama_097s

熊じゃないよ。

09asahiyama_118s

犬でもないよ。

09asahiyama_108s

オオカミだよぉ~!!

ここは北海道旭川にあります、旭山動物園。

動物を見せる為の様々な工夫が大好評となり、日本で一番有名な動物園になりましたね。

本物の狼を見て感激。感激。

生まれて初めて見ました。

 なんと、金太郎さんもいらっしゃいます。

09asahiyama_120s さすが日本昔話の3大太郎と言われる、浦島太郎、桃太郎、金太郎の一角を担う金太郎です。

北海道でも威風堂々。

ちょっと熊が小さい感じ。

頑張れクマさん。

ブログにUpする為に写真を縮小しているので、こちらの写真では無理ですが、画面いっぱい拡大すると、オオカミの目が凄い迫力です。

200mmのズームレンズ持って行って良かったよぉ~

至近距離的写真が撮れました。

以前読んだ本によりますと、闘犬など鍛えられたどんな犬でも、狼と比べれば只の肥満の様なものだそうです。

強靭なあごの力、バネ、巨体をものともしない俊敏性とパワー。

獣の人間はいけませんが、オオカミは本物の獣です。

はっきり言いまして、人間の獣は、本物の獣以下の獣です。

いえ、獣と言うとオオカミに申し訳ありません。

人間の獣と比べますと、オオカミは大神かもしれません。

獣は”じゅう”とも読みますが、成十(なるとう)の十(じゅう)とまで言ってしまいましょう。

自然の生態系を壊す事無くバランスを維持するのですから。

人間は、その狼を、虎を、ライオンをある種は絶滅させ、残った種も絶滅の危機に瀕するほどに駆逐し、生態系を破壊してきました。

北海道は鹿が居るのに狼がいなくなってしまいました。

 人類が共存を拒んだからです。

それが我よしの都合により開拓を続けてきた人類の歴史です。

 自分にとって都合の悪い存在、悪と思える存在を殺してきたのです。

生態を調べ研究し、共に同じ大地に生きる道を選びませんでした。

 自然に対して、神示の言う、「悪を抱き参らせる」が出来ませんでした。

このままでは、いつか人類は、私達が狂わせた自然の浄化作用により、新たな進化の為に、痛い思いをする事になるのかもしれません。

その時私達は獣になるのか、人として真に生きるのか、本性がはっきり分かれる事になりそうです。

本来人間は皆光の子だと神示は言ってます。

私はその説に賛成です。

今はただ曇っているだけです。

いまだに密猟が絶えない反面、昔と比べますと動物保護の活動も盛んに行われています。

こんな時代でも、希望の光は消える事無く灯り続けてます。

早く本来の自分を知らなければなりませんが、時間が有るといいですね。

ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第四帖(84) 昭和十九年八月十三日、旧六月二十五日(1944年)

 一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、世の本の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ、獣と臣民とハッキリ判りたら、それぞれの本性出すのぞ、今度は万劫末代のことぞ、気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。今度お役きまりたら そのままいつまでも続くのざから、臣民よくこの神示(ふで)よみておいて呉れよ。八月十三日、のひつくのか三。

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大阪と神戸ばかり

急に増えてきましたね。

どうして大阪と神戸ばかりに集中しているのでしょう。

橋下知事が出過ぎた事をしているので「関西からいったれ」とターゲットにされた?と思うのはうがった見方でしょうか。

東京神奈川など首都圏も時間の問題でしょうか。困りますねぇ。。。

北海道は乾燥してますし、気温が低めですので今の時期でも、発生すればかなりの速度で拡大しそうです。

体を冷やさないようにしましょう。

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http://news.nifty.com/cs/topics/detail/090517142844/1.htm

新型インフル感染、国内すでに1千人規模か…感染研センター長

2009年5月17日(日)21時47分配信 読売新聞

 【ジュネーブ=金子亨、高田真之】国立感染症研究所の田代真人インフルエンザウイルス研究センター長は17日、滞在先のジュネーブで記者団に対し、日本国内で新型インフルエンザの感染が確認されたことについて、「(感染者数は)すでに1000人レベルを超えた可能性がある」と述べた。

 田代氏は、新型インフルエンザの警戒レベル引き上げの是非を世界保健機関(WHO)事務局長に提言する緊急委員会の委員。感染は北米地域で広く確認されており、レベルを現行の「フェーズ5」から世界的大流行(パンデミック)を意味する「6」に引き上げるには、北米以外で感染が継続していることが要件になる。

 田代氏は「(今後の日本の状況が)フェーズ6に引き上げる判断材料になる可能性があり、WHOは注視している」と指摘した。

http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20090517-00481/1.htm

新型インフル国内感染59人に…成田検疫4人を含め

2009年5月17日(日)22時26分配信 読売新聞

 兵庫県は17日午後10時、新たに10人の新型インフルエンザの感染が確認されたと発表した。

 また、大阪市は同日夜、新たに3人の感染を確認したことを明らかにした。

 これで、水際の検疫を除く国内感染者は55人。

 成田空港での検疫で判明した4人も含めると59人となった。

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どして感染したのかな?

米疾病対策センターの医師が15日の記者会見で、あえて推計するなら、国内の感染者は十万人以上になると見解を示したそうですが、感染が確認されているのは4174人だそうで、他の感染者はどうしているのでしょうね。

探し出して拡大を阻止するべきだと思うのですが、米政府はどうしているのでしょう。

日本では神戸で、渡航歴の無い高校生の感染が確認されたそうで、地域のイベントなど延期や中止の措置がとられることになりました。

うーん、人から人へという事でしょうか。

感染したのなら、どこで感染したのでしょう。新型インフルエンザをうつした人はどうしているのでしょう。

何故、その人は感染を確認されなかったのでしょう。

症状が軽くて病院に行かなかったのでしょうか。

では、その人はどこで感染したのでしょう。外国に行って感染したのでしょうか。

そうだとしますと、あれだけ大げさに行っている水際作戦は、失敗した事になります。

神戸の感染確認は、とても唐突な印象を受けるのですが、まさか、まさか、誰かがウイルスばら撒き作戦をしているのではないでしょうね。

研究室で生まれた不自然なウイルスを。。。

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水の巻より

 キの巻、水の巻、松の巻は、昭和20年の春前後に出された神示という事も有り、当時の天明氏と臣民達に対して伝えている感が強い様に思えますので、今回は省略しようかと考えましたが、時代を越えて共通するものは有りますので、幾つか抜粋することにしました。

 あってはならない事ですが、日本がまた戦争に巻き込まれないとも限りません。

そんな時代背景もあってか、松の巻の次に来る神示は終戦頃ですので、夜明けの巻となっているのでしょうか。

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神第一とすれば神となり、悪魔第一とすれば悪魔となります。何事も神第一が結構です。

富士は何時爆発するのだ、何処へ逃げたら助かるのかと云う心は 我れよしです。何処に居ても救う者は救うと言ってるのです。悪き待つキは悪魔のキです。結構が結構生むのですよ。 (第11帖より)

 心の持ちようによって人は神にも悪魔にもなれる。その事において人は自由ですね。

神の申す通りにしていれば、どこにいてもジタバタする必要はありません。

神の言う通りに出来る人は、見通しが利いている事でしょうから、大きな心でいられるのでしょうね。

 人間心には我(が)があります。神心には我はありません。我がなくてもいけません、我があってはいけません。我がなくてはならず、あってはいけない道理分りましたか。神にとけ入って下さい。てんし様にとけ入って下さい。我なくせ、我出せよ。

 建替というのは、神界、幽界、顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らぬ様に洗濯することです。

 建直しというのは、世の元の大神様の御心のままにする事です。御光の世にすることです。てんし様の御稜威(みいつ)輝く御代とする事です。

政治も経済も何もかもなくなります。食べるものも一時は無くなって仕舞います。覚悟して下さい。

正しくひらく道道鳴り出づ、はじめ苦し、展きゐて、月鳴る道は弥栄、地ひらき、世ひらき、世むすび、天地栄ゆ、はじめ和の道、世界の臣民、てん詞様おろがむ時が来るのです。邪魔せずに見物していて下さい、(とはいえ)御用はしなければなりませんよ。

天地まぜこぜとなるのです。 (第12帖より)

 第12帖を分割して読みやすくしてみました。

我よしの動物的個我はいけませんが、かと言って、この世においてまるっきり無ければ修行に成らずに気付き成長が停滞してしまうことでしょうね。

成長の果てに我よしの我が小さくなって、神に通じる本当の我(われ、自身)が湧き出てくるのでしょう。

建て替えと立て直しは大仕事ですし、その影響を人類はまともに受ける事になるのでしょうか。

黄金の金玉を知らないか?

このブログの、「書籍が店頭に並びますた」の記事に書かれている様な事態が本当に目の前に来ているのでしょうか。

来てもいい様に身魂磨きですね。大難を小難にしましょう。

建て替え立て直しごは、天の国と地の国との疎通が滞りなく行われる世となりそうですね。

富士、火吐かぬ様おろがみて呉れよ、大難小難にまつりかへる様おろがみて呉れよ。  (第15帖より)

われの事言はれて腹のたつ様な小さい心では、今度の御用出来はせんのざぞ。心大きく持てと申してあろがな。 (第16帖より)

 

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ナスの苗、寒あさにやられる

昨日の朝は北海道だけでなく、日本全体が寒かったようですが、北海道の十勝では残念ながら霜によりアスパラが被害を受けたようです。

去年も空知方面で霜の被害が出ましたので、2年続けて季節外れの霜被害となりました。

温暖化の影響? 太陽活動の影響? 地殻の活動?

異常気象は分かりますが、原因は何ぞや。複合的なものかもしれません。

今週初めにほんの少しですが、実家の畑でトマトと茄子の苗を植えました。

寒さ対策もちゃんとしました。

Hatake1_001s  苗にビニールをかぶせ、4隅に棒を突き立ててピンと張るのですが、結構手間のかかるものです。

低温の朝、庭に生えているアスパラは大丈夫でした。

Hatake1_003s

十勝と違って、うちの地方は大丈夫だったんだねぇ、と安心したのですが・・・

Hatake1_002s トマトの苗は、一番上のが少し変色してました。

でも、この程度なら大丈夫。

Hatake2_001s 問題は、茄子でした。

残念ながら、問題ナスとはいきませんでした。

葉が全て丸まってヘタ~っとなってました。

茄子の苗はトマトに比べて寒さに弱いのですね。

寒い地域の場合、気候が不安定な時期は、簡単なビニルハウスで育てるのが良いようですね。

今日はカボチャの苗を畑に移す予定です。

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キの巻より  

キの巻に入ります。

全17帖、この巻から昭和20年の神示になります。

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 節分からは手打ち乍ら、ひふみ祝詞 宣(の)りて呉れよ、拍手は元の大神様の全き御働きぞ、タカミムスビ と カミムスビの御働きぞ、御音(おんおと)ぞ、和ぞ、大和(だいわ)のことぞ、言霊ぞ、喜びの御音ぞ、悪はらう御音ぞ。節分境に何も彼も変りて来るぞ、何事も掃除一番ぞ。一月二十九日、のひつくの神しるす。 (第1帖)

 柏手は右手と左手の祀り合いにより生まれる音ですね。ビシッと音が決まりますと、心も凛とするものです。

神示では「和ぞ、大和ぞ」と言ってますね。

元の大和魂の誠の身魂が揃ったら、人は沢山なくても この仕組成就するのだと言ってるのです。末代動かぬ世の元の礎きづくのですから、キマリつけるのですから、気をつけておきますよ。キが元です。上は上の行、中は中、下は下の行い、作法あがあるのです、マゼコゼにしてはいけません、この中からキチリキチリと礼儀正しくして下さい。 (第7帖より)

 神示ではくどい様に、「キが元だぞ」と出てきます。とても大切な事の様ですので取り上げました。

 仕組み成就には決められた少人数で良い様です。何を意味するのかはまだ分かりませんが。

タテコワシ、タテナホシ、一度になるぞ、建直しの世直し早うなるも知れんぞ、遅れるでないぞ。建直し急ぐぞ、建直しとは元の世に、神の世に返す事ざぞ、元の世と申しても泥の海ではないのざぞ、中々に大層な事であるのざぞ。上下グレンと申してあることよく肚に入れて呉れよ。 (第8帖より)

 世の中の変化が急激に起こる事を伝えているようですね。

上下グレンですから、今上にいる人は早く改心しないと大変かもしれません。

 世に落ちておいでなさる御方(おんかた)御一方(おんひとかた)竜宮の音姫殿 御守護遊します、この方、天晴れ表に表れますよ、 (第13帖)

 竜宮のおとひめに関しましては、以前に取り上げてますが乙姫の活動が建て替えの合図?、それ以降、新しい事は考えてません。。。

 

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新型ウイルス君は人為的ミスで生まれたのでしょうか?

私も今朝のニュースを見て知ったのですが、オーストラリア人で元WHO研究者であるエイドリアン・ギブス氏の説が注目されているようです。

既にこちらのブログに紹介されてますので参考にさせていただきました。

風を感じて暮らす~

ギブス氏によりますと、新型インフルエンザには自然界に存在しない遺伝子が2つ含まれているそうです。

原因として、ウイルス研究やワクチン製造の為に取り出されているうちにウイルス同士の接触など、偶然出来た可能性があるとの事です。

つまり、研究者の作業ミスだそうなのですが、事実だとしますと、パンデミックになった際の責任追及が発生する事でしょうね。

 しかし・・・

ミスだとしても、なぜそのウイルスが外に漏れたのでしょう。それも世界に広がるほどの量です。

これもミスでしょうか。

そして、なぜメキシコだったのでしょう。

 今は1918年当時と違い遺伝子分野が発達してますので、人為的に作られた物か自然界の物かはすぐに分かってしまいます。

そしてインターネットなど、情報伝達の速度も規模も昔とは違いますので、裏の情報がリークしますとたちどころに世界中に広がり、隠し通せるものではなくなっております。

それらを考えますと、新型インフルエンザが裏の支配者層による人類削減計画による産物である事を隠す為に、わざとギブス氏に発言させた可能性も考慮した上で、成り行きを見るべきだと思います。

少なくとも、ここで1つはっきりした事は、新型インフルエンザウイルスは研究室が故郷であると言う事ですね。

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防災マップは使えるのか

http://www.city.sapporo.jp/kikikanri/higoro/jisin/jbmap.html

札幌市危機管理対策室 防災マップ

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昨日テレビの報道番組で知ったのですが、札幌市は神戸の震災を上回る規模の被害が想定される大地震が懸念されているそうです。

理由は、地盤調査により、知られていなかった断層が3つ発見され、その距離もこれまでの想定も上回っていたとか。

それが本当に地震発生の原因になるのかは怪しいものですが、防災の意識を持つのは良い事と思います。

被害想定のマップを見ますと、広範囲で震度6強、所々震度7が想定されてます。

大都市札幌ですので、想定通りの揺れが来ますと、大変な被害が出てしまう事でしょう。

市の試算では、犠牲者八千人規模になるそうな。

政令指定都市の中では抜群に低いパーセンテージ(確か46%でしたか。ちなみに神奈川は98%以上だったような)の小学校耐震化を補強し始めているそうです。

この不況の折、建築業界の金を回す為の口実でない事を期待したいですが、補強工事で手抜きなどありませんように。首都高速みたいに。

 テレビであるお方が、「地震を事前に察知するのは不可能ですから、起きた時にどう対処するかが・・・」と言ってました。

 事前に予知して被害を予防する気は全くない様です。

まあ、マップがあれば避難場所の目安になるだけでも良いでしょうか。

都市にお住まいの皆様の町では防災マップが作られているでしょうか。

あるのでしたら、一度目を通して見るのも良いかもしれません。

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新型インフルエンザ 漢方薬に期待

変異した新型インフルエンザにはどうか分かりませんが、タミフルよりも効果のある漢方薬が有るとの記事です。

週刊朝日の記事だそうですが、人類の命にかかわる問題ですので、コピペして載せる事にします。著作権どうのこうの言ってる場合ですもんね。

3世紀の中国で生まれた「秘伝書」に書かれていた処方だそうです。

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http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20090513-02/1.htm
「新型インフルエンザは漢方で治る」説が浮上
(週刊朝日 2009年05月22日号掲載) 2009年5月13日(水)配信

「まあ、この表を見てください」

 横浜市立大医学部非常勤講師(漢方医学)の森由雄医師が示した臨床結果は、漢方の力を示していた。

 表は2007年11月から08年3月まで、森医師が診察したインフルエンザ患者のうち、「タミフル」で治療した13人と、「麻黄湯(まおうとう)」と呼ばれる漢方薬を与えた11人を比較したもの。高熱で来院した患者が36・9度以下の体温になるまでの時間を計測したところ、タミフルが平均25・38時間に対し、麻黄湯は14・09時間だった。

「これまでも大青竜湯(だいせいりゅうとう)などがタミフルと同等の効果があることが分かっていましたが、タミフルよりも効果がある漢方薬があることが分かったのです」

 森医師の治療例を見てみよう。

【5歳の女児】 発熱の翌日に受診。38・5度の熱とせき、寒気があり、A型インフルエンザ陽性だった。麻黄湯を服用すると午後に多量の尿が出て、翌朝解熱した。

【10歳の男児】 38度の発熱の翌日に受診。A型インフルエンザ陽性で、麻黄湯を服用すると夜中に発汗、翌朝解熱した。

 ポイントは麻黄湯の服用量だ。通常、大人ならエキス剤1服(2・5グラム)を1日3回飲むところを、最初は2時間ごとに1服を3回飲み、以降は3時間ごとにして、解熱するまで続けた。結果、1日で通常の倍以上を与えた。

「通常の服用量では効果がないのであきらめていたところ、服用回数を増やしてみたら効いたのです」

 増量は副作用を起こすおそれがあることから、森医師は患者の同意を得たうえで、細かな経過観察をした。患者には自宅で2~3時間おきに体温を測ってもらい、電話で病状を聞きながら服薬指導をしたという。

 そして、この頻回投与療法を思い立ったきっかけが、『傷寒論』と呼ばれる中国医学の古典だった。

「すべては今から1800年前に、すでに書かれていたことなのです」

『傷寒論』とは、紀元3世紀前半、後漢末期に中国の地方長官だった張仲景が、当時流行した熱病に対する治療法をまとめた医学書とされる。この熱病で自らも親族の3分の2を失ったことから、書き起こしたと伝えられる。

 まだウイルスも免疫も解明されていない時代の経験に基づく治療法だが、極めて実用的で効果があった。その後、原本は失われたがいくつかの写本をもとに復元され、日本へも伝わった。しかし、西洋医学が導入されるなかで、忘れられかけた存在となっていた。

 それが近年、「SARS」などの新型ウイルスの流行で、日本や中国、韓国で、見直す医師が相次いだ。異常行動の危険性が指摘されているタミフルに代わる治療法としても注目を集める。そして、新型インフルエンザについても有効性が期待されているのだ。

癌研有明病院で漢方サポート外来を担当する星野惠津夫・消化器内科部長によると、『傷寒論』に基づくインフルエンザ治療は以下のようなものという。

 まず、服用量を通常の2~3倍にする。

「急性疾患に対する場合と慢性疾患とでは、漢方でも治療法が異なります」

 そのうえで、38度以上の高熱があって汗をかいていない場合はまず「麻黄湯」を投与する。強い発汗作用のある漢方薬で、体の免疫力を高め、ウイルスを撃退する。麻黄湯で効果がなければ、「大青竜湯」を試みる。すでに発汗している場合は、「桂枝湯(けいしとう)」を加えた「桂枝麻黄各半湯」を投与する。

 タミフルがウイルスの増殖を直接阻害する薬なのに対し、漢方薬は人間が本来持つ免疫力を高めてウイルスを排除する点が根本的に異なる。このため、ウイルスがたとえタミフルに耐性を持ったとしても効果は続く。

「タミフル自体、『八角』と呼ばれる生薬の成分を抽出合成し、原料としてつくられたものなんです」

 と星野部長は指摘する。

 ただ繰り返すが、服用量を増やすことで、飲み続けると、動悸やショック状態がみられることもある。森医師は言う。

「発汗し解熱しているのにさらに服用を続けると、逆に体に悪いのです」

 星野部長も注意する。

「きちんとした専門医にかかってほしい。個人で勝手に服用するのは大変危険です」

 一方、漢方なら、体の免疫力そのものを高めてウイルスに感染しにくい体をつくることも可能だという。

今回の新型ウイルスは強い感染力が特徴だが、それでも発病する人としない人がいる。感染しても発病しない人は「免疫力が高い」と言われているが、ではどうすれば免疫力を高められるのか。

「皮膚や粘膜を丈夫にすること、そして体を冷やさないことです」

 そう答えるのは、日本薬科大学の丁宗鐵教授(統合医療学)である。

 外のウイルスがまず体にくっつくのは、のどや鼻の粘膜や皮膚だ。花粉症で鼻の粘膜が弱り、喫煙でのどの粘膜が傷んでいるとウイルスが増殖しやすくなる。

「日頃から蒸気を吸ったり、マスクをしたりして乾燥を防ぐことが大切です。体温を下げないように、寝ている間も帽子をかぶるなど服装に注意し、冷たい飲み物を控え、お風呂でよく温まりましょう」

 そして何より、十分に寝てきちんと食べる、規則正しい生活が大切だという。

「漢方で言う『養生』をしっかりしておくことが一番の予防になるのです」

 新型ウイルスの感染で心配されるのが、「サイトカイン・ストーム」と呼ばれる現象だ。未知のウイルスに体の免疫が過剰反応をしてしまい、致死的な循環障害や多臓器不全を引き起こす。元気な若い人ほど現れやすい。

「小柴胡湯に配合されている『柴胡』という生薬には、このサイトカイン・ストームを抑える作用があります。タミフルと一緒に処方するのも一つの方法です」

 と、丁教授は言う。

 むろん、新型インフルエンザに漢方薬が効くという臨床例はまだない。しかし、新型は従来のインフルエンザと症状が似ているとされることから、

「漢方でも十分対処できると思います」

 と森医師は自信を示す。

 万が一、新型ウイルスが強毒性に変異して「パンデミック(世界的大流行)」が起きたら、病院は重症患者であふれ、タミフルは底をつくだろう。自分の身は自分で守る以外にない。そのとき、東洋医学の知恵が力を発揮するかもしれない。

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磐戸の巻より3

マコトの者は千人に一人です。  (第12帖)

 神はみんなの行いを逐一メモして見てると書かれていますが、はっきりと割合を言いきってますね。

見られている事が自覚出来れば意識も変わるのでしょうけど、人間は死に目に会わないと中々変われないものですよね。何があっても、結果改心出来れば喜びですけど。

「マコト」

真、誠、真九十、真の光透、の何れかでしょうか。

子の年真ん中にして前後10年が正念場。世の建て替えは火と水です。  (第16帖より)

 子んも年といっても、いつの子でしょう。

最近ですと1996 2008 2020年が子年です。

大戦前後でしたら、1936年、1948年が子年です。

子年は方角でいえば北ですので、「北から来るぞ」にも意味が絡んでいるのかもしれませんが、特に追及はしません。

第9帖では、「この神示読めば楽になって人々から光でるのざぞ、辰の年は、良き年となりておるのざぞ」とあります。

辰年は最近ですと2000年 2012年 2024年。

アセンション系が喜びそうな数字が出てますが、特に追及はしません。

神には何も彼もよくわかっていて帳面に書きとめてますから、何処までも、死んでも頑張って下さいよ。其処迄 見届けなければ、この方の役目果たせないのです。可哀さうですが神の臣民殿、こらえこらえてマコト何処迄も貫いて下さい。 (第19帖)

 御用とはこの世だけの事ではないようですね。かなりへヴィーですが、そうなのかなぁ~程度に小耳に挟んでおけば良いのではないでしょうか。

大切なのは、今に生きる事です。

元の大和魂に帰れと言うのは、今の臣民には無理ですね。無理でも、神に心を向ければ出来るのですよ。どうしても今度は、元のキのままの魂に帰らなければならないのです。  (第21帖)

耳が痛いですね。

自身の意志で神に心を向け改心しなければなりませんね。

 これで磐戸の巻は終了ですが、先の2に、ハプグッド教授の「地殻移動説」を追記しておきましたので、ポールシフトに関心のある方はご覧になって下さればと思います。

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磐戸の巻より2

北、南、たからを出す時が近ずきました。西も東もみんな宝ははありますよ。北の宝はシホミツです。南の宝はシホヒルです。東西の宝も今にわかってきます。この宝あっぱれ。この世の大洗濯の宝ですよ。 (第6帖)

シホミツ、シホヒルにつきましては、1つの可能性としまして、ポールシフトに伴う海水の大移動についての喩えかもしれないとしまして、以前自分のホームページに取り上げています。

http://homepage3.nifty.com/totuti-sunrise/newpage7.htm

荒唐無稽な戯言でしたら申し訳ありません。

ポールシフトにつきましては、アインシュタインがとても興味を持って高く支持をしていたハプグッド教授の「地殻移動説」が有ります。

理論上は30度の滑りだそうですが、それでも気球規模の大津波は避けられませんね。

地殻が滑る主原因も、北極と南極の氷の変動が考えられていますので、無視出来ないものがあります。

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http://www.ailab7.com/log/eqlog1211-1230.html

セミナー倉庫1211 

「極地圏においては氷が継続的に堆積していくが、極地の周りに均等に堆積するわけではない。地球は回転しており、不均等に堆積した氷に影響された遠心力の運動が起こり、それが、地球の固い地殻に伝達される。このような形で作りだされ、継続的に同大する遠心力運動は、ある時点に達すると地球の内部はそのままで、地殻だけを動かすことになる。」

以上のように、地殻が滑動するのは、極地付近の氷の着床量が変化することが原因となって(地殻全体の重心が変化して)回転軸(地球の自転軸)が傾斜するのだと考えています。
石田理論では極地での変化だけではなく、それ以外にも巨大地震による大陸規模での陥没・隆起現象が引き金になって、地殻の重心移動が起こり、回転軸が傾斜する(地殻が滑動する)と考えています。

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神のミコトに聞いて下さい。それにはどうしてもミタマ磨いて神かかれる様にならなければいけません。

神かかりと言いましても、そこらに居る天狗や狐や狸つきではありませんよ。まことの神かかりですよ。 (第7帖より)

 命や尊よりも、こちらの”実言”でしょうね。以前にも出てきましたので。

富士と鳴門の仕組みが分かりかけたら、いかなる外国の人でも改心しますよ。

天狗や狐は誰にでも懸ってモノいいますが、神は中々にチョコラサとはかかりません。神かかりに凝りますとろくな事はありませんので、程々にして下さいね。この道は中を行く道です。 (第9帖より)

「富士と鳴門の仕組みが分かりかけたら、いかなる外国の人でも改心しますよ」という事は、逆に言えば、意味を知るのはいかに難しいかという事ですよね。

世の中、神様のお告げといって神示に似たような様々な物が出ているようですが、私は1本筋を通して、ひふみ神示のみを読んでいます。

この神示だけでも手が回らないのに、他の物にも気を引きますと芯がぶれますから。

昔の思想哲学書は別ですけど。

石流れて木の葉沈むといっているでしょう。今がその世です。 (第10帖)

有りえない仕組みがまかり通って上下ひっくり返っている世の中をうまく表現してますね。

べつに取り上げる事は無かったのですが、面白いのでご紹介です。

全21帖ですが、予測に反して沢山取り上げてます。

次に続きます。

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磐戸の巻より1

昨日前置きを書きましたので、今日は書きません。と、一応前置きを書く。

第1帖には、「イワトひらくには神人ともにゑらぎにぎはふのざぞ、カミカカリして唄ひまふのざぞ、(中略)ウズメとは女のみでないぞ、(中略)闇の中で踊るのざぞ、唄ふのざぞ、(中略)カミカカリて舞ひ唄ひ下されよ、カミカカリでないと、これからは何も出来ぬと申してあろうがな」とあります。

現場で体はって頑張れと言っているようですね。

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キつけてくれよ、キがもとざぞ、キから生れるのざぞ、心くばれと申してあろが、心のもとはキざぞ、総てのもとはキであるぞ、キは(よろこび)ざぞ、臣民みなにそれぞれのキうへつけてあるのざぞ、うれしキは うれしキことうむぞ、かなしキは かなしキことうむぞ、おそれはおそれうむぞ、喜べば喜ぶことあると申してあろがな、天災でも人災でも、臣民の心の中にうごくキのままになるのざぞ。この道理わかるであろがな。爆弾でもあたると思へばあたるのざぞ、おそれるとおそろしことになるのざぞ、ものはキから生れるのざ、キがもとぞ、くどくキづけておくぞ。ムのキ動けばムくるぞ、ウのキうごけばウ来るぞ、どんな九十(コト)でもキあれば出来るぞ、キからうまれるぞ、勇んで神の御用つとめて下されよ。(第1帖)

 病は気からといますが、本当の事ですね。

同じ気(キ)なら、希望の希(キ)、喜びの喜(キ)を持って励みたいですね。

春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマケドンとなりますよ。早く改心しないとハルマケドンの大峠越せない事になりますよ。 (第3帖より)

 ハルマケドンとは、世間でいうハルマゲドンの事だとして、戦争を意味するのでしょうか。

神示で取り上げるという事は、中東だけの戦争では無く、地球規模の世界大戦かもしれませんし、直接戦争に巻き込まれなくても、経済悪化、貿易停止などによる生活苦に襲われるのかもしれません。

太平洋戦争も、末期には春夏秋冬と星の国にやられっぱなしで、国民は大変な目に遭わされましたが、何割かはその事を云っている可能性もありますね。

磐戸(ゐわと)いつでもあくのですよ。善の御代来ます、悪の御代来ます。悪と善とたてわけて、どちらも生かすのです、生かすとは神のイキに合すことです、イキに合へば悪は悪でないのですよ。この道理をよく肚に入れて、神の心を 早く汲み取ってください。それが洗濯です。 (第4帖より)  

 神の心をくみ取る。それが、洗濯だそうです。

善悪を超えた所の世界が、早く来るといいですね。できれば小難の儘で。。。

その時この神示を、心棒に入れて下さい。百人に一人位はなんとか役に立ちますよ。あとはコンニャクのお化けです。 (第5帖より)

 しっかり芯(神なんてね)の有る男になって、脱コンニャク宣言出来るよう頑張らねば。

現在の世界人口は六十八億人弱ですから、百分の一ですとお役に立てるのは6千8百万人ですか。。。多いのか少ないのか分かりません。ピンと来ませんね。

でも、人類全てがお役に立てるのでしたら、神様大喜びでしょうね。

ちょっと数が多い様ですので、次の投稿回します。

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磐戸の巻より・・・前置きだけでござる

日の出の巻の次に来るのが磐戸(一八十)の巻です。

昭和19年最後の神示です。

私の神示の本には、この巻の最後に、天明氏が描いたと思われる老子の絵が載せられています。

老荘思想は教会も無く、権力にも利用されることなく、神示の理念に通じる所が有るのでしょうね。

 この巻から、「キ」が多く出てきます。

キとは何ぞや・・・?

白銀の巻 第1帖にこうあります。

「キとは気の気であるぞ」

気が発する気、気に含まれる気より、気の中の気・・・の方が適切な表現でしょうか。

元からの、根本からの気。最も深奥・奥山から湧いているキ、元神と通じたる気。エネルギー、パワー、心。

根源的節理が「キ」であり、その摂理に適う世を迎える為の御用が「キの御用」、と解釈しましたが、どんなもんでしょうね。。。

 磐戸の巻は、改心の為のアドバイスよりも記号暗号による予言解読的要素が強いので、あまり取り上げる所が無いかもしれません。

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日月の巻リターンズ

ひふみ神示の本に不具合が有り日月の巻を飛ばしましたが、パソコンに入ってますので、そちらから抜き出す事にします。

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 目覚めたら其の日の生命お預りした事を神に感謝し、其の生命を神の御心(みこころ)のままに弥栄(いやさか)に仕へまつる事に祈れよ。神は其の日其の時に何すべきかに就いて教へるぞ。明日の事に心使ふなよ。心は配れよ。取越苦労するなよ。心配りはせなならんぞ。 (第十五帖より)

 改心する上での心がけのような一文ですね。人間は今に生きるのですから、今を最大限一生懸命生きる事が大切ですね。それが明日につながります。

今日生きているからと云って、明日も生きているとは限りません。翌日の朝も生きて目を覚ますのは当たり前の事ではありません。

私達は神にこの大宇宙の一角で生かされている身ですから、謙虚に感謝の気持ちを持つ事が大切ですね。

何事にも感謝感謝。

一升桝には一升しか入らぬと臣民思ふてゐるが、豆一升入れて粟(あわ)入れる事出来るのざぞ。その上に水ならばまだはいるのざぞ。神ならばその上にまだ幾らでもはいるのざぞ。神が移りたら人が思はぬ事出来るのざぞ。 (第二十三帖より)

 人は自分の尺度で物を捉えて限界だと諦めたり、可能性を閉じたりしがちですし、固定観念に囚われて視野を狭くしているものです。

人は神の入れ物なのですから、良い器になって神を満たせば素晴らしい可能性を秘めている事間違いなし。改心第一ですね。

コトの初め気付けて呉れよ。夜明けたら生命(いのち)神に頂いたと申してあろがな。太陽(ひ)あるうちはことごとに太陽の御用せよ。月あるうちはことごとに月の神の御用せよ。それがまことの臣民ぞ。生活心配するでないぞ。ことわけて申せば今の臣民すぐは出来ぬであろが。初めは六分国のため、四分自分の為、次は七分国のため、三分自分の為、次は八分国の為、二分自分のため、と云ふ様にして呉れよ。これはまだ自分あるのざぞ。自分なくならねばならぬのざぞ。神人一つになるのざぞ。 (第二十四帖)

24帖ほぼ全文ですが、取り上げてみました。

お日様ばかり見るのではなく、片方だけではなく、一方が有れば必ず反対側にもう一方があるのですから、そちらの事も気を配るべきですね。

何事も急には無理ですので、等身大でそれぞれの色に相応の御用を心がけるのが良いのでしょうね。無理禁物。

一度はあるにあられん事になるのぞ。大将ざからとて油断出来ん。富士の山動く迄にはどんな事も耐(こら)えねばならんぞ。上辛いぞ。どんなことあっても死に急ぐでないぞ。今の大和魂と神の魂と違ふ所あるのざぞ。その時その所によりて、どんなにも変化(へんげ)るのが神の魂ぞ。馬鹿正直ならんと申してあろ。 (第三十一帖より)

神から”あの方”に対しての伝言の様ですが、誰にでも言える事ですね。

死に急ぐな。

武士道、自己犠牲の精神など美しく映りますが、既存の美徳ではなく神の心第一で判断して行動するべきですね。

死ぬ時を自分で決めてはいけません。

また、無謀な行いもいけませんね。

必要な時に、神が判断して引き上げて下さるものです。

神様は臨機応変の対応を神技でこなす御方なのでしょうね、きっと。

神がかれば、愈々の時、誰でもそのように行動するのでしょう。

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日の出の巻より

本日はもう一つ、日の出の巻も読んでみました。

1944年12月1日から29日にかけての神示です。

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神界の事は人間には見当取れんのであるぞ、学で幾ら極め様とて会得(わか)りはせんのざぞ、学も無くてはならぬが囚はれると悪となるのざぞ、しもの神々様には現界の事は会得りはせんのざぞ、会得らぬ神々に使はれてゐる肉体気の毒なから身魂磨け磨けと執念(くどう)申してゐるのざぞ。三、四月に気つけて呉れよ、どえらい事出来るから何うしても磨いておいて下されよ、それまでに型しておいて呉れよ。 (第6帖)

 この日の出の巻が出されたのは1944年の12月で、次の磐戸の巻からは、次の年の1945年(昭和20年)になります。

 確か、”3月4月に気をつけろ”は、この神示以降ですと、昭和20年3月20日までに出された「キの巻」だけですので、恐らく昭和20年の東京大空襲など米軍による大規模な空襲を示した予言と思われます。

ですので、裏表が有るとは言いますが、3月4月は予言調査の対象から外してよいかと思います。

集団(まどい)作るなと言えばばらばらでいますが、裏には裏があると云ってます。心配ってください。 (第8帖より)

 どうなのでしょうね。伝えたい対象がばらばらでいるのでしたら、神様のいうとおりになっているということでしょうか。

神まつりは神主ばかりするのではありません。剣と鏡とまつらなければなりません。まつはれば霊(たま)となるのですよ。霊なくなってゐると申して知らせてあるではないですか、政治も教育も経済の大将も神祀らねばならないのです。天の天照皇大神様は更なり、天の大神様、地(くに)の天照大神様、天照皇太神様、月の神様、特に篤く祀って下さい。月の大神様 御出でまして闇の夜は月の夜となるのです。素盞鳴の大神様も篤く祀りて下さい。此の神様には毎夜毎日御詑なければならないのですよ。此の世の罪穢(つみけがれ)負はれて陰から守護されて御座る尊い御神様です。地の御神様、土の神様です。祓ひ清めの御神様ですよ。国々の産土の神様 お祀り下さい、遅くなればなる程 苦しくなりますよ。人ばかりではありません。(第9帖より)

 アマテラス、月読、スサノオの3兄弟は、イザナギがイザナミに会いに黄泉の国へ行き、恐ろしい目に遭い、ほうほうのていで逃げ帰った後、日向の国の橘の小門の阿波岐原でみそぎをしたのですが、その際には沢山の神々が生まれています。

そして、最後に洗った左目からアマテラス、右目からは月読、鼻を洗った時にスサノオが生まれました。

最後の最後ですので、ほっとした心持の時に生まれた3兄弟でしょうか。みそぎを済ませた後の世代を担う神々様ですね。

3神というのも、一二三神示の数字に通じるものが有りますので、深い意味が有りそうですが、それにつきましてはまた機会が有りましたら取り上げてみたいと思います。

 この第9帖を読みますと、当時の支配制度に合わないとして罪を着せられ不敬罪で活動を止められた大本教の教訓を生かしてか、天皇制に対する訂正事項を、やんわりとした言い回しで唱えているようです。

政府に目を付けられますと、ひふみ神示を広めるどころか残す事さえ危ぶまれる事になりますので、当時の権力社に異を唱えるにも最新の神経が使われています。

スサノオ神も月読神もアマテラス神も、本来は古事記に書かれている様な存在でもなければ関係でもないと言う事なのでしょうね。

第13帖では、「天にあるように、地にも天照皇大神様、天照大神様、月読大神様、須佐鳴之大神様あるのざぞ」と書かれています。

歴史という物は、権力の都合によりその都度曲げられて残されていますので、後になればなるほど真実を掴むのが難しくなっていきます。そして、それを利用し新しい権力は臣民んをを洗脳し、そして都合よく支配しこの世の春を謳歌します。

それも今のうちなのでしょうね、きっと。

此の世の位もいざとなれば宝も勲章も役には立ちませんよ。此の世を去って、役に立つのは徳だけです。身についた芸は其の儘役立ちますよ。人に知れない様に徳を積んで下さい。  (23帖より)

 死んで魂だけになっても、私はあの世でギターを弾いているかもしれせん。ギターも其の儘ストラトキャスターでロックしたいところですが、あの世に電気は有るのでしょうかね。

ダ・ヴィンチやアインシュタインなどの天才がこぞってあの世に居るでしょうから、この世よりは科学文明が進んでいる事でしょう、きっと。

パガニーニやフランツ・リストの生演奏が聴けるといいなぁ・・・とか、何を言っているのでしょう、わたし。

徳を積んどかなきゃ、全ては夢物語。。。

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日月の巻より

本日は日月(ひつ九)の巻を少しかじってみます。

私の神示の本ですが、日月の巻が製本ミスか何か訳があってかは分かりませんが、ページが飛んでおりまして次の日の出の巻がだぶって載ってます。

ですので、次回機会がありましたら日月の巻をやろうと思います。

この神示が出されたのは昭和19年旧9月1日から11月30日でした。

太平洋戦争も、事態の悪化を辿り、日本本土も空襲にさらされ始めた頃ですね。

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人が悪く思えたり、悪くうつるのは、己が曇っているからですよ。  (第34帖より)

 その通りだと思います。

たまに愚痴を言うのは構いませんが、人の事を悪く言ったり陰口などは、たいがいの場合、言っている方に問題が有るものです。

本のページに問題が有りますので、今回日月の巻はここまでとしておきます。

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地つ巻から

本日は36帖あります地(九二)つ巻から取り上げますが、少しだけです。

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地(くに)つ巻書き知らせます。世界は一つの実言(みこと)となるのです。それぞれの言の葉はありますが、実言は一つとなるのですよ。てん詞様の実言に従うのですよ。命の世が近づいてきましたよ。 (第1帖)

 言の葉はお日様を浴びて栄養を作り、言の実は成り成る成果であり実りなのでしょうね。

実言に従えるだけの資質を養わなければ、新しい世は来ないかもしれません。

この道は中ゆく道です。左も右にも偏ってはなりません。 (第4帖)

 ひふみ神示は時として「有と無」と、この「中ゆく道」と、老荘思想の主要概念が取り入れられています。

特に有無に関しましては、とても難しい概念でありまして、無を知る事が到達する境地の最終点とも言えるものですから、予言や裏読みに加えて神示の解読を困難にする要素の1つではないでしょうか。

今後他の神示で取り上げる事になりますので、またその時にでも何か書こうかと思います。

臣民からは阿房に見えても、素直な人には神がかりし易いのですから、早く素直に致して下さい。海の津波に気をつけて下さい。前に知らせてあげます。 (第21帖)

 津波が例えではなければ、現実に起こる海の現象なのだと思いますが、気になりますね。

第29帖では、「山の津波に気をつけろ」とあります。

山を呑むほどの大津波の事なのか、大規模な山崩れなのか、それとも両方なのかも。

第32帖では、「仕組み通り来ているのだが大難を小難にすることできるのざぞ、神も泥海はまっぴらぞ」とあります。

まっぴらではありますが、この世では何事も臣民次第ですね。

阿房に見える人ですが、トルストイの「イワンのバカ」は面白い作品ですし、読めば参考になるかもしれません。

この道を広めるには教会の様なものでつとめないでください。まとゐを作らないでください。声から声、体から体へと広めて下さい。 (第23帖)

 神は、大本教が本殿を持ち教団と成って活動している事を残念に思っているのでしょうね。

そういえば、ミロクの世は大本教の基本理念ですが、天明氏の神示では、五六七をミロクとしていますが、”あの方”とか”てんし様”を多用して、弥勒を使わない様にしているみたいです。

例えば「てん詞様の御光は神の光であるのだぞ」(地つ巻11帖より)など、「ミロクの光は神の光ぞ」としても良さそうなのですが。

ミロクとしてしまいますと、臣民は神秘主義に走りますし教会も作ってしまいそうですから、正解かもしれませんね。

世界での変わった事は皆この方の仕組みの節々ですから、身魂を磨いたら分かりますから、早く身魂磨いて下さいよ。 (第35帖)

身魂を磨かなければどう解るのか分かりませんが、身魂の曇りが晴れれば見通しがきくようですので、改心第一ですね。

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天つ巻より

今日は天つ巻を読んだ中から少しだけ取り上げてみました。

私なりの視点ですが、関心を持たれるきっかけにでもなればと思います。

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この神示言波としてよんで下さい。 (第12帖)

 神示は広がり伝えなければならないものですね。

神々にも守護神にも読んで聞かせなさいと言ってます。

しかし、教会を作る必要もなく、集団組織もNG。それぞれ皆さんのお家が事務所だよと、神示に書かれてますね。

昔から生き通しの活神様がすることです。泥の海にする位は朝飯前の事ですが、それでは臣民が可哀想なので天の大神様にこの方がお詫びして1日1日と延ばしているのですよ。その苦労も分からずに臣民勝手な事ばかりしていると、神の堪忍袋が切れたら、どんな事になるか分かりませんよ。米が有ると言って油断してはなりません。一旦は天地へ引き上げです。 (第17帖)

神は大難を小難にまつりかえているのに分かりませんか。えらいむごい事になるのを小難にしている事が分かりませんか。ひどい事が出て来るのを待っているのは邪のみたまです。そんな事では神の臣民とは言えません。

臣民は神に、悪い事は小さくしてくれと毎日お願いするのが務めです。 (第24帖)

 はじめ半ば焼くぞとか書かれているけど予言や予測が当たらないではないか。神の言う事とかいって違うではないかと、色々と言う人が出てくる事と思いますが、神様だって、そんな事にならない様に努力して下さっていると言う事ですね。

 そして臣民は、さまざまな人生の事情や都合は有るでしょうけれど、大難を待っているようではいけません。

毎日、小さくなる事をお祈りするべきですね。

身魂を磨き改心する努力も、小難に繋がる行いかと存じます。

お土踏ませて頂きなさい。足を綺麗に掃除しておきましょう。足が汚れていると病になりますよ。足からお土の息が入るのですよ。へその緒の様なものです。

天地唸ります。でんぐり返ります。世界一度にゆすります。神はおどしているわけではありません、迫っていますよ。 (29帖)

 お土は神の体の事ですね。

歩む際に、足は土に直接触れる所です。

神との祀り合いには、身魂が汚れて曇っていてはいけません。

神と直接触れる部分は奇麗にしておかなければなりませんね。

何やらポールシフト的なものとも取れる様な事が最後に書かれているようですが、小難になりますように。。。

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臣民の本当のあるべき姿とは (富士の巻より)

昨日は上つ巻と下つ巻から多く取り上げましたので、今日は富士の巻からテーマを絞って抜粋する形で出させて頂きます。

成田で国内初の新型インフルエンザ感染者が検査で分かったそうですが、渡航の禁止をしないのですから、この様なケースは当然起こりえますよね。

経済優先故に飛行機の運航を止める訳にはいかないという事なのでしょうけど、そろそろ現場の検査員も疲れてきたり慣れてきたりで手抜きが出てくるかもしれませんね。

しかし、今の時期に日本で感染が広がる事は無いと思います。

1日10万人死にだす事があるとしますと、新型インフルエンザなどの流行病の可能性が高いと、昨日はそう書きましたが、でも1日10万人という規模は大きすぎますので、もっと未知の現象によるものかも・・・などと考えておりますが、その時が来れば分かるでしょうから、何事にも細心の注意をしている事が肝心ですね。

今後は人類がどんな大事に出くわすのか分かりませんが、その前に、身魂の掃除洗濯改心しておく事第一としまして、富士の巻から取り上げたいと思います。

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・富士の巻 9帖
この世は人間にまかせているのだから、人間次第です。
しかし、今の臣民の様な腐った臣民ではありませんよ、いつも神かかっている臣民です。
神かかりとすぐ分かる神かかりではなく、腹の底にシックリと神鎮っている臣民です。
それが臣民のまことの姿です。

神示に書かれている事ですが、神かかりと思っている人のほとんどは勘違いしている霊懸りですから、サニワは大事ですね。

まことにある人は、一見ごく普通なちょっとした変わり者でしょうから、磨けた方同士でしたら見分けがつくでしょうね。

・富士の巻 12帖
いよいよとなったら神が臣民にうつって手柄させる予定ですが、今では軽石の様な臣民ばかりで神かかれませんよ。
早く神の言う事を、よく聞いて生まれ赤子の心になって神の入れ物になって下さい。
1人改心すれば千人助かるのですよ。

お釈迦様も同じような事を言ってますね。解脱すればご先祖様など縁者も皆救われると。

少々ニュアンスは違うと思いますが、人間だれしも縦横に深い御縁でつながって今の自分が存在してますので、改心するという事は、それだけ多くの深い所まで影響が伝わるのだと思います。

改心を志すのは、自分だけの事ではないという事になりますね。住まわせて頂いている地球の未来にも関わる事ですから、宇宙規模、さらに3千世界規模での影響が有る事を、胸に留めておくのが良いかと思います。

でも、現時点ではどうなのでしょうね。。。

・富士の巻 13帖
掃除しなさい洗濯しなさいと言えば臣民何も分からないので、慌てていますが、この神示を読む事が洗濯や掃除の初めであり終わりなのです。
よくこの神示を読んで下さいね。
しかし、臣民は馬鹿正直ですから、その様に言えば神示ばかり読んでいれば良い様に思っていますが、裏も表もあるのです。
役員はよく知らせてあげて下さい。

この世は何事も表が有れば裏もあるのが道理ですが、人間を構成している霊と体は裏表のようなものと言っている所もありあす。

それよりも、神示にはてんし様サイドだけではなく、同様に悪魔サイドが務める御用も書かれているので、その辺も取り違えない様にしなければなりませんね。

また色々な意味があると思いますし、一面だけを読むのではなく、深い見極めが大事という事で、下に幾つか裏表で取り上げましたので、参考にして下さればと思います。

 表面面だけを読むな。裏の裏まで読め。

 この世は、表の裏は裏、裏の裏がある。

 一二三(ひふみ)の裏の御用する身魂も今に引き寄せるから、その覚悟せよ。

 神はせよと申すことするなと申すこともあるのぞ、裏の裏とはその事ぞ、雨の巻 第01帖

 二二の盗み合ひ、世の乱れ。心して怪しと思ふことは、たとへ神の言葉と申しても一応は考へよ。神の言葉でも裏表の見境なく唯に信じてはならん。サニワせよ。薬、毒となることあると申してあらうが。馬鹿正直、まことの道 見失ふことあると申してあらうが。道は易し、楽し。楽しないのは道ではないぞ、奉仕ではないぞ。世界に呼びかける前に日本に呼びかけよ。目醒まさねばならんのぢゃ。それが順序と申すもの。神示で知らしてあらうが。ここは種つくるところ、種は人民でつくれんぞ。神の申すやう、神の息 戴いて下されよ。天の道、地の道、天地の道あるぞ。人の道あるぞ。何も彼も道あるぞ。道に外れたもの外道ぢゃぞ。前は一筋ぞ。二筋ぞ。三筋ぞ。曲ってゐるぞ。真直ぐであるぞ。心得なされ。節分から(オーヒツキオーカミ)と現れるぞ。讃えまつれ。黄金の巻 第029帖

 裏の仕組に入れると表の仕組となり、表の仕組に入れると裏の御役となるなり。抜けば悪のやり方となるのぢゃ。どの仕組も判りて居らんと、三千世界の先々まで判りて居らんと、何事も成就せんぞ。黄金の巻 第085帖

 がよろこびであるぞ。もよろこびであるぞ。よろこびにも三つあるぞ。は表、は裏、表裏合せてぞ。は神であるぞ。春の巻 第04帖

人間の目は一方しか見えん。表なら表、右なら右しか見えん。表には必ず裏があり、左があるから右があるのぢゃ。月光の巻 第55帖

 フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、神示では012345678910と示し、その裏に109876543210があるぞ、九十(マコト)の誠であるぞ、合せて二十二、富士(普字、不二)(フジ)であるぞ。神示の始めに示してあろう。二二(富士)は晴れたり日本晴れぞ。至恩の巻 第02帖

・富士の巻 22帖
われがわれがと思っているのは調和(まつりて)いない証拠です。
鼻高となればポキンと折れる道理はよく分かると思います。
この御道は鼻高と取違いが一番邪魔になるのだと言うのは、慢心と取違いは調和(まつり)の邪魔になるからです。

神示を読んでいて1つ疑問に思うのですが、鼻高ポッキンが邪魔になるのでしたら、49注とか役員とか出さなければ良いのに、どうしてわざわざ取り上げるのでしょうね。

どうしても人間ですから、おそらくわしらが役員じゃろうと、意識しないつもりでも心の奥底に慢心が出来る人とかいる事でしょうね。

これは神による選別の手段でしょうか。

だとしますと、面白いですね。

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八菅神社

神奈川県愛川町にあります、八菅神社をホームページに載せました。

http://homepage3.nifty.com/totuti-sunrise/newpage102.htm

古くから修験道の修行の場として知られており、そのせいかは分かりませんがパワースポットだそうで、感じる方には感じるようです。

桜が散る前に行ったのですが、やっと載せる事が出来ました。

イザナギの命、イザナミの命などが祀られている神社です。

写真からパワーを感じますでしょうか。

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三四五から四五六の世へ・・・気になる事

ひふみ神示の本を読んでいて気がついた事ですが、上つ巻と下つ巻では、「秋が立ちたら、9月、10月」と、この時期に気つけよと有りますが、次の富士の巻から、「8月気をつけろ」と出てきます。

これには意味が有るのかもと考えました。

一二三から三四五の仕組みへ。この時には9月か10月頃の秋に節目が来るのかもしれません。

そして、三四五から五六七の節目は夏である8月頃と言う事になりそうですが、ご検討下さればと思います。

この時節、てんし様は生き通しとなり、体のままこの世と他の次元を行き来するのだそうですが、神示を読む際には、とらえ違いをして神秘主義に走らぬよう注意が必要ですね。

身魂磨きには何の意味もありません。

新婚磨き第一です。

 一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、世の本の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組のことぞ、獣と臣民とハッキリ判りたら、それぞれの本性出すのぞ、今度は万劫末代のことぞ、気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。今度お役きまりたら そのままいつまでも続くのざから、臣民よくこの神示(ふで)よみておいて呉れよ。八月十三日、のひつくのか三。 富士の巻 第四帖

 今は善の神が善の力弱いから善の臣民苦しんでゐるが、今しばらくの辛抱ぞ、悪神総がかりで善の肉体に取りかからうとしてゐるから よほどフンドシしめてかからんと負けるぞ。親や子に悪の神かかりて苦しい立場にして悪の思ふ通りにする仕組立ててゐるから気をつけて呉れよ。神の、も一つ上の神の世の、も一つ上の神の世の、も一つ上の神の世は戦済んでゐるぞ、三四五(みよいづ)から五六七(みろく)の世になれば天地光りて何もかも見えすくぞ。八月のこと、八月の世界のこと、よく気つけて置いて呉れよ、いよいよ世が迫りて来ると、やり直し出来んと申してあろがな。いつも剣の下にゐる気持で心ひき締めて居りて呉れよ、臣民 口でたべる物ばかりで生きてゐるのではないぞ。八月の十五日、ひつくとのひつ九のか三しるさすぞ。 富士の巻 第六帖 

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三四五の仕組みでする事は? 

”てんし様”とは人の事なのか、はたまた状況の比喩なのかは断定しませんが、人の事で有るとして考えを進めてみます。

てんし様が現れ進む仕組み、三四五の仕組み。

これは、元の仕組みの次の仕組みと言う事で、「上つ巻27帖」に有ります、「元の仕組は富士(二二)ぞ、次の仕組はウシトラ三十里四里、次の仕組の山に行きて開いて呉れよ、」が関係しているのかもしれません。

 という事で、下つ巻17帖に「自分心で説くと間違う、神示通りに知らせろ」とありますが、神示通りかは分かりませんので、ここからは雑談として「ウシトラ」つながりで考えた事を書かせて頂きます。

二二(富士)

富士=富士山から丑寅方向へ三〇里ほどの地域は何処だろうと、何気なく地図を見ていました。

秩父が目に留まりました。

秩父には何か因縁があるのだろうか・・・取り敢えずは神社でも調べてみるか・・・

 ”秩父神社”が有りました。

祭神 八意思兼命 知知夫彦命 天之御中主神

これらはどんな神様だろう・・・

 *八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)

 思金神→知恵の神
  ・岩戸に隠れた天照を出す為の知恵を授けた。
  ・ににぎに随伴した。

 *天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)

  高天原に最初に現れた神。
   宇宙の中心的根源的な神。

とな。

 なかなかの豪華キャストですね。

三四五の仕組みでは、世の為に知恵を絞り出し、てんし様を見つけ出し、補佐する御用となるのでしょうか。

それが宇宙の元からの仕組みに叶い、新しい光の世を引き寄せる事になるのかもしれません。

その為には、盲目のままでは心細いですね。

神示が腹に入り、神心となり、自然と自らの内から真理が湧きいずる様になっているのが理想ですが、そこまでなっているとしますと、その方こそ「この方てんし様」の次元でしょうか。

これも何かのご縁かも知れませんので、家からは遠いですが、機会を見つけて一度秩父神社に行ってみようと思います。

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この道開く方 上つ巻8帖

 「秋が立ちたら、この道ひらくかた出て来るから、それまでは神の仕組書かして置くから、よく読んで腹の中によく入れて置いて呉れよ。その時になりて、あわてて何も知らんといふ様ではならんぞ、それまでに何もかにも知らして置くから、縁ある方から、この知らせをよく読んで腹の中に入れて置いて呉れよ。六月の十七日、ひつくのか三。」

秋口に何やら寂しくなった頃、「この道を開く方」が世の中に、皆さんの前に現れるのかもしれません。

その時の為に、神示を肝に入れ、改心怠るなと言う事の様です。

では、この方とはどの様な方なのでしょう。

 下つ巻 第20帖にこうあります。

「てんし様の光が世界の隅々まで行きわたる仕組が三四五(みよいづ)の仕組ぞ、岩戸開きぞ。」

この方とは神示の言う所の「てんし様」なのだそうです。

そして、この「てんし様」の働きが世界に認められる時、その時が三四五の仕組みと成る様です。

そして岩戸開きへ。

本当にそうなりますと、希望の光ですね。

ただ、神示の何処かに書いてますが、現時点では「この方」に気が付けない人が殆どかもしれません。

ご本人もお分かりではないかもしれません。。。

本当に表れるとしますと、御縁が有る様、日々の精進は大切ですね。

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さびしくなるぞ  上つ巻1、27帖

「さびしさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、さびしさ越へて時を待つ」

「ぞ。秋立ちたら淋しくなるぞ、淋しくなりたらたづねてござれ、我(が)を張ってゐると、いつまでも分らずに苦しむばかりぞ。この神示も身魂により何んなにでも、とれるやうに書いておくから、取り違ひせんやうにして呉れ」

前回の新型インフルエンザの話ではありませんが、秋頃になりますと周りから人が減るような事になるのかもしれません。

いつの事を言っているのかは断定できませんが、近い将来ではないでしょうか。

この時、多くの臣民が、世界のあまりの状態に恐れを抱いているか、家族を亡くした、仕事を失ったなどに遭い、途方に暮れているのかもしれません。

この世の無常感に打ちひしがれて、新しい価値観を模索する人もいる事でしょう。

そうなりましたら、神示に関心を持ってください。または、「この方」をお訪ね下さい。

そんな所でしょうか。

この時節、注目すべきは「次の仕組み」ではないでしょうか。

一二三(ひふみ)の世から三四五(みろく)への移行。

三四五となりますと、「この方」「てんし様」も検証しておかなければなりませんが、次回へ。。。

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1日に10万 上つ巻25・34帖

「1日に十万、人死に出したら神の世がいよいよ近ずいたのだから、よく世界の事を見て皆に知らして呉れよ」

「1日に十万の人死ぬ時来たぞ、世界中の事ざから、気を大きく持ちてゐてくれよ」

ひふみ神示の上つ巻25帖と34帖に書かれている一文を取り上げました。

1日に10万人死ぬとは如何なる事でしょう。

実際に起こりうる肉体生命の生死を言っているのか、それとも何かを比喩した表現なのか、以前から色々と考えたものです。

1日に10万人死ぬ事態など、戦争でもあり得ない程の大きな数字ですね。

しかし、神示では、「たとえではないぞ」と書かれている所もありますので、下に取り上げた1節の場合は”肉体も大切”と言っている事から、本当に富士山の噴火について警告をしている可能性を考えるべきかもしれません。

「富士から三十里四里離れた所へ祀りて呉れよ、富士にも祀りて呉れよ、富士はいよいよ動くから、それが済むまでは三十里離れた所へ、仮に祀りて置いて呉れよ。富士は神の山ざ、いつ火を噴くか分らんぞ、神は噴かん積りでも、いよいよとなれば噴かなならんことがあるから、それまでは離れた所へ祀りて呉れよ、神はかまはねど、臣民の肉体 大切なから、肉体もなくてはならんから、さうして祀りて呉れ。」 上つ巻21帖

そして、上つ巻、下つ巻の次に書かれた富士の巻では、急激にカタストロフィー色が強くなり、急いで改心するよう読む者に訴えます。

 そこで、ここでは本当に起こりうる事態として考えてみる事にします。

「1日に十万、人死に出したら」

この「死に出したら」の表現は、一夜限りの突発的な事ではなく、継続性を有する事態である様ですね。

そして、人が十万人規模で犠牲になってゆく事が、メディアやネットを通じて、リアルタイムで世界の人が把握できる性質のものでなければ、臣民としましては時節を知る目安になりえません。

これらを考慮しますと、核や細菌・化学兵器などを含む大量破壊兵器による無差別殺人が行われた戦争の場合ですと、事態の把握までには長い時間が必要な場合が多い事から、戦争ではないかもしれません。

噴火、津波、地震などの自然災害も、1日十万の規模を考えますと違いそうですね。

急性のものですし、後に神の世が近い事を知らせようにもライフラインが破壊されていた場合は大きな障害になりそうです。

そうなりますと、最も考えやすいのは、インフルエンザなどの流行病でしょうか。

パンデミックに至らない間は逐一患者の発生数が報告されますし、死亡数も報告されます。

大流行に至っても、極力事態の把握が行われるでしょう。

そして、2週間から数か月継続しますので、「死に出したら」の表現が合いそうに思えます。

政府の言う事ですので、情報操作半分で、あまりあてには出来ませんが、日本で新型インフルエンザが流行した場合、3200万人が感染し、64万人が死亡すると予測しています。

この試算に基づいて政府はタミフルとリレンザを3000万人分ストックしているそうな。

ロッシュ社ぼろ儲けですね。その背後には何が有るのでしょう。ここでは取り上げませんけど。。。

新型インフルエンザの被害予測

神示では、「訳の分からん新しい病がでる」事にも触れてますので、先日も「9月、10月」の事で書きましたが、日本はこの秋に注意が必要かもしれません。

あくまでも可能性と予測ですが、皆様も神示を読める環境に有る方は、めいめいでご検討されてはと思います。

一人一人の努力次第ですが、大難を小難とする事が出来るかも知れません。

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