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神示を「5」で抽出

人間の手足には、五本の指が有ります。
右手に五本、左手に五本。
そして、右手と左手の指が和して10本となることにより、人類から多くの創作が生まれました。
この「5」という数字は、大宇宙のダイナミックな働きにおいては、なにやら元といますか根本となる法則の様です。

天の光、神に内包されている万物の元となる土。
神示によればそれは、「白、青、黄、赤、黒」の5色なのだとか。

「青、黄、赤」は、ご存じ”色の3原色”ですね。
そして白と黒も、何色からも作れない色です。
これら原色が混合される事により、沢山の色が作られます。

人類の目指すべき世界とは、判で押したような人間の集まりではなく、青の個性、黄の個性、赤の個性と様々な個性が個性に相応しい働きをし、さまざまな葛藤を乗り越えながら、青と黄、黄と赤、青と赤と、違う個性どうしが協力し合う事により更なる進化を生む姿なのでしょうね。

青ばかりでは、青+青=青。
これを神示では、「1+1は2ではないぞ、1だぞ」と表現しています。
あてはめる色は何でも構いませんが、青(1)+黄(2)=3となり、4となります。
大工がいれば左官もいる。みんなの働きで1件の家が出来る。
この当たり前の事が、真理を認識した人類により法則に沿ってまつり事が営まれ、誰もが得るのではなく与える事を心からの喜びとし、我を張らずに主張せずとも自然と御用を果たしている為に、政治は人民に意識されずとも機能し、社会も円滑に運営される事でしょうね。

神示には数霊、言霊、色霊とありますが、色霊とは単純に解釈すれば「個性・役割」といった意味合いになるのかもしれませんね。
その様に解釈してから、天地和合のスケールで捉えれば、「紫金の巻 第11帖」も読みやすいのかもしれません。

さて、今の世の中は。。。

扶桑の巻 第14帖(863)
 青海原 青垣山の内(宇宙)に 御子生る。 神の御座(みくら)のまわりには十の宝座があるぞ、十の宝座は五十と五十、百の光となって現れるのであるぞ、大摩邇は百宝を以って成就すると知らせてあろうがな、五十種の光、五十種の色と申してあろうがな、光の中に百億の化仏(けぶつ)ぢゃと申してあろう、百が千となり万となり億となるのであるぞ、今迄は四の活物(かつぶつ)と知らせてありたが、岩戸がひらけて、五の活物となったのであるぞ、五が天の光であるぞ、白、青、黄、赤、黒、の色であるぞ。

星座の巻 第09帖(892)
 白と黒とを交ぜ合せると灰色となる常識はもう役にたたんぞ。白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となるぞ、更に銀となり黄金となるぞ、これがミロクの世のあり方ぞ、五と五では動きとれん。そなたの足許に、来るべき世界は既に芽生へてゐるでないか。

下つ巻 第29帖 (071)
 神の土出ると申してありたが、土は五色の土ぞ、それぞれに国々、ところどころから出るのぞ。白、赤、黄、青、黒の五つ色ぞ、薬のお土もあれば喰べられるお土もあるぞ、神に供へてから頂くのぞ、何事も神からぞ。八月二日、一二。

秋の巻 第16帖 (757)
 統一と云ふことは赤とか白とか一色にすることではないぞ。赤もあれば黄もあり青もあるぞ。それぞれのものは皆それぞれであって一点のでくくる所に統一あるぞ。くくると申してしばるのでないぞ。磁石が北に向くよう、総て一点に向かうことであるぞ。これを公平と申し、平等と申すのぢゃ。悪平等は悪平等。一色であってはならんのう。下が上に、上が下にと申してあるが、一度で治まるのでないぞ。幾度も幾度も上下にひっくりかへり、又ひっくりかへりビックリぢゃ。ビックリこねまわしぢゃ。

紫金の巻 第11帖 (141)
 何も彼も前つ前つに知らしてあるのに、人民は先が見えんから、言葉の【ふくみ】がわからんから取違ひばかり、国土(九二つち)の上は国土の神が治(し)らすのぢゃ、世界の山も川も海も草木も動物虫けらも皆この方が道具に、数でつくったのぢゃ。愈々が来たぞ、いよいよとは一四一四ぞ、五と五ぞ。十であるぞ、十一であるぞ、クニトコタチがクニヒロタチとなるぞ、クニは黄であるぞ、真中であるぞ、天は青であるぞ、黄と青と和合してみどり、赤と和して橙(だいだい)となり、青と赤と和して紫となる、天上天下地下となり六色となり六変となり六合(クニ)となるのぢゃ、更に七となり八となり白黒を加へて十となる仕組、色霊(イロタマ)結構致しくれよ。

黄金の巻 第070帖 (581)
 曰九千(シクジリ)のミタマもあるなれど、この方の仕組ぢゃ。めったに間違ひないのざから、欲しいものには一先づ取らせておけよ。めぐりだけ取って行って下さる仕組ぞ。苦しめたら改心中々ぢゃ。喜ばせて改心結構ぢゃなあ。総てを愛せよと申すのは、高い立場のことで御座るぞ。九九(ココ)には九九の立場あるぞ。よく心得なされよ。世の中には順序あるぞ。それがカズタマ(数霊)、動くと音出るぞ。それがコトタマ(言霊)、ものには色あるぞ。それがイロタマ(色霊)。(十二月十四日)

極めの巻 第14帖 (941)
 正しくないものが正しい方に従はねばならんと人民申して御座るなれど、正とか不正とか申す平面的衣を早うぬいで下されよ。マコトを衣として下されよ、マコトを衣にするには心がマコトとなりなりて、マコトの肉体とならねばならん、マコトとは数(かず)ぢゃ、言(こと)ぢゃ、色ぢゃ、その配列、順序、法則ぞ。

月光の巻 第44帖 (831)
 この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をすることがよくあるなれど、それは大難を小難にし、又めぐりが一時に出て来て、その借銭済しをさせられてゐるのぢゃ。借りたものは返さねばならん道理ぢゃ。損もよい、病気もよいぞと申してあろうが。此処の道理もわきまへず理屈申してゐるが、そんな人民の機嫌とりする暇はなくなったから、早う神心になって下されよ。そなたは祈りが足らんぞ。祈りと申すのは心でゐのり願ふことでないそ。実行せねばならん。地上人は物としての行動をしなければならんぞ。口と心と行と三つ揃はねばと申してあること、忘れたか。

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コメント

五行思想と言うのがありまして、この世の中の色んな事柄は5つの要素が元であると言われてます。
神示にもありましたが、5つの色を様々なパターンで合わせてみると、それは多種多様な色が出来ますね^^

一人一人の個性も色と一緒ですし、オーラの色も5色とも10色とも言われてます。
言魂も、ある意味心に呪文を掛けるような響きのものもありますね。
数魂は次元の高い神様ほど数を使われると言う事なので、これからの世には益々必要なものですね。

投稿: 金太郎 | 2008年1月17日 (木) 19時05分

金太郎さん、コメントありがとうございます。

オーラの色は見た事が無いので良く分からないのですが、科学的に機械で識別出来る様になれば、医療に役立つのではないかと考えたりします。
機械に頼らなくても、改心が進めば見える様になるのでしょうかね^^

物理科学、化学から音楽、文学に至るまで、この世の全ての物に数字が関係している事から、神の世界は数字で構成されているのではないかと言われてますが、神示では、「神の世界は数、数霊」だと書かれていますね。
数学の苦手な私には悩ましい世界かも。。。

投稿: とっち | 2008年1月17日 (木) 22時31分

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