雨の巻 第8帖

御心でもって、天災を待つ事なく、そして大きな災難が小さくなるよう、祈りましょう。

(第8帖)

 大難を小難にと祈りなさいとくどく知らせているのです。如何様にでも受け入れてよい様にしてやる様仕組んである神の心が判りませんか。

 北朝鮮の核開発が問題視されていますが、安保理だの制裁だのなんだの、騒ぎ過ぎですね。

わざと北朝鮮にボタンを押させる口実を与える様に仕向けているとしか思えません。

韓国に核攻撃との話題も出ておりますが、こちらの場合は、ネットで騒ぎになればその通りの見え見えな行動はしないでしょうから、抑止効果、又は予定変更の効果が有るのかもしれません。

あとは、愚かな事をしないように祈りましょう。

天災を待つは悪の心、邪と知らしてあるのがまだ判りませんか。

 御縁のある血筋の臣民は、たくさんの苦労を背負って、辛抱強く落ちぶれた生活をしている事かと思われますが、辛さに負けて「早く世の中壊れちまえ」などと思わない様に、意思をしっかりと持って改心に励みましょう。

国が負けて大変を待ちいる臣民 沢山ありますが、そんな守護神に使われていると気の毒になって来ますぞ。よく神示読んで下さいよ。

 終戦直後は大変だったでしょうね。私達の様な戦後生まれには分からない想像を絶する辛さがあったのでしょうね。

極限状態に置かれても、動かない強い精神を養わなければ、大峠は越せないという事でしょう。

今の守護神、悪の血筋眷属ですよ。悪も御役ながら奥表に出ては誠おさまりませんよ。悪の結構な世は済みて、善結構、悪結構、卍(ホトケ)結構、基(ヤソ)結構、儒結構(コトゴトク)の世となりなる神の仕組 が近くなって来ましたよ。世の元からの仕組、中行く仕組、天晴(アッパレ)三千世界結構ですよ。心の不二も晴れ晴れとなります。結構々々。

 悪もお役ですが、悪が中心にいては良い世には成り得ませんね。

それぞれが、収まるべくポジションに収まり、本来あるべき元の世に戻る仕組み。

甘くてもいけません、辛(カラ)くてもいけませんよ。甘さには辛さがいります。天の神様許りではならないのです。くどく申して此処迄知らせているに、まだ判りませんか。

 天の神様は地の神様とあらわる。

ここでは、「男の魂は女、女の魂は男」「母と現はれる時は父その中に居り、父と現はれる時はその中に母ゐるのであるぞ。何れも親であるぞ。父となり母となり現はれるのであるぞ」と同じ事を言っていると思います。

参考に白銀の巻 第2帖より抜粋

「愛には真かくれ、真には愛かくれ、その奥にがあるのぢゃ。人間はおやを父と母とに区別してゐるが、母と現はれる時は父その中に居り、父と現はれる時はその中に母ゐるのであるぞ。何れも親であるぞ。父となり母となり現はれるのであるぞ。愛と真、善と智と区別して説かしておいたが、それは今迄のこと、いつまでもそんなところでまごまごさしてはおけんぞ。」

心さっぱり大河に流して神示読んで下さいよ。何時迄も神は待てまえんよ。辛さには甘さかげにあるのですよ。此の道理よくお判りでしょう。

水の味 火の味 結構です。恐い味ない様な結構な恐さですよ。喜びですよ、苦しみですよ、此の道理よく判りましたか。

 こちらの場合甘さ辛は、淡水と海水として捉えてみますと面白いかもしれません。

北極南極の氷が何かしらの熱作用により溶解し、地軸移動の引き金になる。

そして海の水が地上を走りまわり大洪水。

神にしてみますと、リセットによる新しい世への移行の為になる事で喜ばしいのですが、それが人類にとりましては大災害となる苦しみですよ。

なぜか違和感を感じませんが、どんなものでしょう。

神の御恵み神の御心判りましたか。御心とは三つの御心です。、

一と十ととでありますよ。御心結構ぞ、世の元の神の仕組の現われて三千世界光り輝く、あなさやけ。十一月二十七日、ひつくのか三。

 神示と成十、中心の神心。

三千世界を、光輝かせましょう。

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雨の巻 第7帖

疲れと睡魔で、なんとなく作業が大雑把かもしれません。

(第7帖)

 神の心の判った臣民から助ける御用にかかって下さい。

助ける御用とは清めの御用です。天地よく見て悟って下さいよ。

 助けると言っても、肉体的な生命を助けるのではなく、改心を促す御用です。

 それが本当の意味での救いに繋がります。

三四五(みよいづ)の御用は出来上がってしまわなければ、御用している臣民にはさっぱり判らないのですよ。使われているから判らないのですよ。

 自ら調べてしくみの理解が深まるにつれ、自然と自分の意志で御用をつとめる事と思います。

3人集まりゃ文殊の知恵と言いますし、御用は一人でなは無く2人3人で行うのが良いでしょう。

 出来上がってから これは何んとした結構な事であったかとビックリするのですよ。

アメのひつ九のか三とはアメの一二の神ですよ。アメの(つきひ)の神です。元神ですよ。ムの神です、ウの神です、元のままの肉体を持っていなさるる御神様です。

つちのひつ九のおん神様です。つちの(ひつき)の御神様と今度は御一体となりなされて、今度の仕組 を見事成就なされるのですよ。判りましたか。

 てんし様の御用を説明しているようですね。

日月の神と一体となるようです。

九二つちの神 を大切にしなさいとくどく云っているのです。今迄の臣民人民、九二の御先祖の神をおろそかにしているぞと云って知らしてあるでしょう。

 神は千に返ります。九二つちつくること何んなに難儀な事か人民には判らないでしょうが、今度さらつの世にするには人民もその型の型の型位の難儀しなければなりませんよ。

それでよく堪(こば)れない臣民 は沢山にあるのですよ。元の神の思いの何万分の一かの思いをしなければなりませんよ。

 余程の難儀なのでしょう。沢山の臣民が耐えしのげないようです。

今度 世が変ったら、臣民 此の世の神となるのですよ。国の洗濯はまだまだ楽ですが、ミタマの洗濯 中々に難しいのですよ。人民 可哀想だから延ばしに延ばしているのですよ。幾ら言い聞かしても後戻り許りです。言い聞かして改心出来なければ改心する様に致すより もう手がない様になっているのです。

 自発的な改心を願い、神示を書かせて様子を見ながらじっと待っているのですが、改心出来ないようですと強硬手段を取る以外に無くなってしまいます。

それですと可哀想ですので、神は延ばしに延ばしているのですが、そろそろ限界が来ているのかもしれません。

何時どんな事があっても神は知りませんよ。上から下までも誰によらん今迄の様な我儘させませんよ。役員 馬鹿にならなければいけませんよ。大のつく阿呆になって下さい。のつく阿呆にあやまってならないでください。

阿呆でないと今度の誠の御用は困難です。命捨てて命に生きる時と云ってあるでしょう。非常の利巧な臣民人民アフンですよ。今にキリキリ舞するのが目に見へないのですか。何時も変らぬ松心でいて下さい。建替えを致したら世界は一たん寂しくなりますよ。こうして神が物申して居る内に改心しなければなりませんよ。後悔などしていても間に合わないと云っているのです。十一月二十三日、ひつ九のかミ。

 理屈ではなく、感性、センスを駆使して道を歩みましょう。

常識に囚われず、執着を捨てなければキリキリ舞いとなります。

建て替えが行われますと、一旦は地上から人類が消滅した様になりますが、その前に、こうして神からのメッセージが来ているうちに改心しておいて下さい。

その時が迫っています。反省は必要ですが、後悔は不要です。

心を広く大きく、そして松心でいて下さい。

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雨の巻 第6帖

(第6帖)

神示をよく読めと、神示をよく肚に入れよと申してあるのですが、神示を肚に入れると胴がすわるのですよ。

世界から何んな偉い人が出て来て何んな事を尋ねても、教へてやれる様になるのですよ。

 無知は恐れを生みますが、無知の知を知ると執着が消え見通しが利きますので、心動かず恐れも不安も無い、といった感じになるのでしょう。神示が肝に入りますと。

目が覚めれば、魂の泉からこんこんと智慧が湧き上がる事でしょう。

神示を胴に入れて頭下げて天地に働いて下さいよ。まつりて下さいよ。素直になれば其の場から其の場其の場で何事も神が教へてやりますから、力つけて導いてやりますから、何んな神力でも授けてあげますよ。

 ”自力ありて他力有り”でしょうか。

実るほどこうべを垂れる稲穂かな。

一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろず)授け申して神人となりますよ。

我さえよけりゃよいとまだ思って御座る臣民、まだで御座いますよ。自分一人で生きていけませんよ、神許りでも生きていけませんよ、爪の垢でもだてについているのではないのですよ、判らないと申しても余りで御座いますよ。

まつりせよ、地(つち)にまつろへよ、天(あめ)にまつろへよ、人にまつろへよ、草木動物にまつろへよ、と、くどく云っているのに、まだ判りませんか。

神拝む許りがまつりではありませんよ。

 学ぶべき対象は、目の前にいくらでも存在してますね。生活そのものが修行です。

真が通る理で真通理(まつり)と日の出の巻 第17帖にありますが、真ん中の奥に神の座った真と現れ愛と現れ、そして進化を生む。

理屈ではなく理に生きれば、自然と判る事かも知れません。

待ちに待ちし日の出の御代となりにけり、一二三(ひふみ)いろはの世はたちにけり。

 元の世に戻りて、まつりまつりですね。

身慾信心している臣民人民、今に神示が聞けない様に いれものつんぼになるのですよ。きびしくなって来ますよ、毒にも薬にもならん人民、今度は役に立ちませんよ。

悪気ない許りでは一二(ひつき)の御民とはいえません。

あら楽し、黒雲一つ払ひけり、次の一つも払ふ日近し。

 毒が有る事で悪い所が露呈します。

 薬が有る事で悪い所が改善されます。

そうして一歩ずつ進化弥栄へと向かうのでしょうね。

淋しくなったら神示尋ねてみなさい、神示を読まなければ益々判らない事になったでしょう。天国に底がない様に地獄にも底はありませんよ。何処までも落ちますよ。

鼻高の鼻を折らないと、人民が何んと申しても神は承知出来ません。

 鼻高天狗のままでいますと、どこまでも落ちますよ。

機会があったら神示を読んでみて下さい。その時が御縁のあった時です。大切な何かが判るかも知れません。

十一月二十三日、ひつ九のかミ。

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私だけが気が付いていた心霊写真

先日、北海道の実家にての会話。

ふきの煮つけを料理している母が、

「取ってきたきたふきを○○さんにあげたら、料理したから食べてと持ってきたので、食べたら筋だらけで食べられなかったさ。皮をむく事知らないんだもん、参った」

「○○さんて、ずっと前に引っ越した後に写真付きの葉書を送ってきた人?

神社の鳥居の前で家族で写っていた写真の」

母が少し考えて、

「そう、あの写真の奥さん。よく写真を覚えていたね」

もう30年ほど前の事ですが、ご近所の○○さんが仕事の転勤で福岡に引っ越し、その後今でも毎年葉書を送って下さるのだそうですが、私が覚えていた葉書は一番最初のものでした。

何故、私はその葉書を覚えていたのか。

今でもはっきりと覚えています。

ご家族の後ろに写っていた鳥居の、向って左側のコンクリートで出来た土台に、小さく人の顔が写っていたのです。

男の人の頭でした。

カラー写真なのですが、その顔は白黒の印象が有りました。最初は土台の傷かシミかと思ったのですが、じーっと良く見ると、やはり顔です。

私は学校から帰って来て、幼い弟と母と3人で写真を見ていたのですが、私はその顔に気がつき、変なの写ってるなぁ、先方さんは分かってて送ってきたのかなぁ・・・など考えながら見ていたのですが、気が付いていたら送らないですよね、きっと。

それ以後、霊障など無いか気にはなっていたのですが、少し暗い印象はありましたが、それほど嫌な物は感じませんでしたので、神社だから自縛霊じゃないかもしれませんし、家族には話さないでいました。

そして、今回、初めてその話を母にしました。すると、、、

「あら! あの後お孫さんが電車に轢かれて亡くなってるんだよ」

「ああ・・・」それを聞いて私も思い出しました。

その時は既に就職して家を出ていたので、風の噂でちらっと聞いた程度でしたので忘れてました。

「あの写真はご先祖か神様の警告だったのかねぇ。教えてあげた方が良かったのかな・・・」

そんな話をしながら、「あの写真はまだ有るの?」と聞くと、母は、

「引っ越した時にどこかに行ったと思う。捨てたかな? たぶんもう無いよ」

供養もせんと捨てたんかい(^^;)みたいな。。。

お孫さんはお気の毒でしたが、今年も年賀状を送って下さり、その住所からGoogleの航空写真地図で福岡のどんな所か母に見せてあげました。

地球の映像から家の屋根の形まで分かる今時の地図に、古い私の両親は関心しきりでした^^

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雨の巻 第5帖

(第5帖)

 神示に書かせたら、日月の神(一二)が天明に書かすのですから其の通りになるのですよ。

皆仲よく相談して悪い事は気を付け合ってやって下さい。それがまつりですよ。

王(おー)の世が(さかさまのおー)の世になって居るのを今度は元に戻すのですから、その事 を早く判っていないと一寸の地の上にいられない事になるのですよ。

今度の戦(いくさ)が済んだら世界一平一列一体になると知らせたあるのです。一列一平 其の上に神が居られるのですよ。

神なき一平一列は秋の空です。魔の仕組、神の仕組、早く旗印見て悟って下さいよ。

 神示に書かせてある通りになる。

悪の王から誠の王へ。

神との和合のもと、支配する者もされる者もない世が来ます。

この戦の目印となる物、行動の目標となる物は何でしょうね。それを見て、早く悟って下さいとの事です。

神は臣民人民に手柄致させて万劫末代、名を残して世界を唸らすのですよ。これ迄の事は一切用いられない事になるのだと云ってるでしょう。論より実地見て早く改心結構、何事も苦労なしには成就しないのですよ。苦労なしに誠ありませんよ。

 私はいまいち懐疑的なのですが、フォトン・ベルトが関心を集めているようです。

2012年、太陽系がフォトンの中を通過する際、電磁波の影響で次元上昇が起こり、人類は半霊半人になると考えられているそうです。

人類の上昇ですが、努力による身魂磨きと改心により達成されるもので、電磁波は関係ありませんね。

仮に本当にフォトンによる宇宙規模の異変と地上の天変地異が有り、人類が沙汰されるとしますと、フォトンに限らず予言を当てる事が出来たとしましても、今のままですと誰も救われる事無く、半霊半人にならずに終わってしまうのではないでしょうか。

努力し苦労し、改心あっての次元上昇進化弥栄なのだと思います。

電磁波浴びれば改心できるのでしたら楽でいいですが、学や知では分からない事が有るのですと、完全には否定できないかも知れません。しかし、何か別の大きな事を隠す為の情報操作の可能性もあるかもしれませんので、私は参考程度に留めておく事にします。

三十年一切(ひときり)です、ひふみ肚に入れよ、イロハ肚に入れよ、アイウエオ早くたためよ、皆えらい取違いをしてますよ。宮の跡は草ボウボウとなりますよ。祭典(まつり)の仕方スクリと変へさしますよ。誠の神の道に返さすのですから、今度は誠の生神でないと人民やろうとても出来はしませんよ。

 今までの常識を見直し、悪しき習慣から脱し、元の言霊数霊の状態に返らなければなりませんね。

30年1切とは何でしょう。

この神示が出たのが1945年です。

1975年、2005年、2035年、2065年・・・?

十月十七日、ひつ九のかミ。

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鳥取県 砂像コンテスト

澪さんより、砂像の写真を送って頂きましたので、ホームページにUpしました。

http://homepage3.nifty.com/totuti-sunrise/newpage373737.htm

写真で見ますと、砂で作られている様には見えませんね。

どれも素晴らしい作品です。

澪さん、どうもありがとうございました^^

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雨の巻 第4帖

苦労の末に何かを感じたら、世界の人々と手を取り合って良い世界を作りましょう。

大雑把にいえば、その様な内容でしょうか。

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第4帖

 世界の臣民 皆で手を引き合って行く時が来た位 言わなくても判っているでしょう。それでもまだまだ一苦労二苦労あるのですよ。頭で判っても肚で判らねば、発根(ほっこん)の改心出来なければ、まだまだ辛い目に会遭うのですよ。人民 は自分で首をくくる様なことになるのですよ。判ったでしょう。

 根が張りしっかりと身魂に食い込んだ改心でなければ、心根からの改心でなければ、イザという時に本性が現れる事でしょう。

天の御三体の大神様と 地のおつちの先祖様でなければ今度の根本のお建替は出来んのですよ。(頭で)判っても中々判らないでしょうね。洗濯が足りないのですよ。

 天の天照大神、月読大神、須佐鳴大神と、地におわす”てんし様弥勒”でしょうか。

 それが分かっても、神様が具体的に何をなさるのかは判りませんね。

洗濯が足りないようです。

今度はめんめにめんめの心改めて下さいよ。神は改めてますが、神から改めさせるのでは人民が可哀想ですから、 めんめめんめで改めて下さいよ。改まっただけ おかげあるのですよ。

 めんめは目の幼児言葉の事でしょうね、きっと。

しがらみの無い、生まれ赤子の心で神示を読んで、そして改心して下さいと解釈しておきましょう。

今度の岩戸が開いたら末代の事ですよ。天地の違いに何事も違ふのですよ。信者は引張りに行ってはいけません。神が引き寄せるのですから。役員の所へも引き寄せますから、訪ねて来た人民に親切を尽くして喜ばしてやって下さい。人民が喜べば神も嬉い事なのですよ。草木喜ばして下さい、神示をよく読めばどうしたら草木動物が喜ぶかと云うことも知らしてあるのです。

 長い3千世界の歴史の中で、もう岩戸が閉じたり開いたりするのは、これで最後になるようですね。

 出会いは神のお導きですから、親切を尽くしましょう。

 食べ物は野菜果物とし、自身の実とし生きて進化弥栄して下さい。

今迄の心 大河に流してしまえば、何もかもよく判って嬉し嬉しとなるのですよ。

 われよしの心を大河に流してしまいましょう。

 大河は吸収して下さることでしょう。

まだまだ世界は日に日にせわしくなって、云うに云はれない事になって来るのですから、表面(うわつら)許り見ていると判りませんから、心大きく世界の民として世界に目をとどけて下さいよ

 時節は地球規模の現象を見て判断しましょう。

 そして、裏の社会、裏の情報に注意を向けましょう。悪の計画を知る判断材料になります。

 アンテナをピンと張り、目を光らせていましょう。

元のキの神の子と、渡って来た神の子と、渡って来る神の子と三つ揃ってしまはねばならないのですよ。

 中心的役割の神と、すでに来ている神と、これから来る待機中の神が揃った時、大きなうねりとなるのでしょうね。

アとヤとワと云っている事が段々と判って来るのですよ。実地のことは実地の誠の生神でないと出来はしないのですよ。臣民はお手伝いです。

 言霊数霊を参考にしますと、神示を元に介添えとして弥と和・我。この様な見方もありそうですが、どんなものでしょうね。

 古神道に伝わります「アオウエイ」ですが、アはスタートとして大元であり、オウエイは介添えとしますと、1と4の一四ですね。

 母音の数と指の数が同じなのも、深い法則の元に理由が有りそうですね。

脇道に逸れているかもしれませんが、思いついた事を一応書かせて頂きました。

雨風さえどうにもならないでしょう。生物は 何んで息をしているか、それさえ判らいで居て何でも判っていると思っていますが、鼻高だぞと云うのです。今の内に改心すれば名は現はさずに許してよい方に廻してやりますよ。早く心改めて下さい。

 念写は心霊写真、または神示のような自動書記もそうですが、これら不思議な現象に対し、「科学で解明されてない。学術的に証明できない」を理由に非科学的と迷信のレッテルをよく貼られますね。

しかしそれは、解明されていないのではなく、解明するだけのレベルにまで達して居ないので出来ないだけの話ですね。

これから神がする事を、学や知では分からないと、何やら人知を超えた事が起こりそうな暗示が書かれているようですが、そういう物は考えても分からないかも知れません。

感じなければ分からないのかも。。。

十月十六日、ひつ九のか三。

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雨の巻 第3帖

訳していて、分かりにくい文章が多くありましたので、読み方が間違えているかもしれません。

原文の訳も載せておきますので、皆様でご判断して下さればと思います。。

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(第3帖)

 草木は身を動物や虫けらに捧げるのが嬉しいのですよ。種は残して育ててやらねばなりません。、草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのですよ。出世するのだから嬉しいのですよ。草木から動物虫けらが生れると云ってあるのです。

 万物が、それぞれの役割を果たすべく生かされているのですね。

役割になりきり、御用をつとめる事が何よりの喜びとなるのでしょう。

与え与えて宇宙は生成進化して行きます。

人の身(み)神に捧げるのですよ。神の御身(みみ)となることは嬉しい事でしょう。惟神のミミとはその事ですよ。

 神人共に融け合うですね。大和です。

神示よく読めば判るのですよ。此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道でなのですよ。

 753ではなく、357がまことの道とは、この事を言っているのでしょう。

 嬉し嬉しは、甘露よりも甘く美味な事でしょう。

私が解読する際に、時折ブッダの言葉を引用する事が有りますが、私の場合は宗教家ではなく思想家、哲学者として捉えておりますので、そんな観点から使わせて頂いております。

神示よく読んで下さいよ。何んな事でも人に教へてやれる様に知らせているのですよ。

いろはに戻しますよ。一二三(ひふみ)に返しますよ。一二三(ひふみ)が元ですよ。

 神示を読めば、元に戻す事の意味が分かるようになりますし、人にも教えられるようになります。

天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 を魂までよくしみていないと御恩は判らないのですよ。

 ミロク様は水の守護、日の大神様は火の守護。

 この事を知っておかなければ、苦難に遭った際に、神も仏も無いと見当違いの事を言い、神を呪い嘆き悲しむ事になります。

悪も善に立ち返って御用するのですよ。善も悪もないのですよと云っているのです。

 悪を悪と思うのは人の心ですね。人の都合から判断されたものです。

 本来は善も悪も有りません。大神の視線で見るならば、それぞれが役割をつとめているだけの事なのでしょうね。

の国真中に神国になると云っているのです。日本も外国も神の目からは無いのだと云っているのです。神の国あるのみですよ。判りましたか。

 神は、出来ればすべてを救いたい。求めるべきは神の国です。元の国の真ん中です。

改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやりますよ。何事も我がしているなら自由になるのであるぞ。我の自由にならないのはさせられているからですよ。此の位の事が判からないで神の臣民とは言えませんよ。

 自ら理解して行動するなら自由でいられます。自由でいられないのは意味も分からずさせられているからです。

国々所々に宮柱太敷キ立てて下さい。たかしれよ(高い所を知れ、でしょうか)。此の先は神示に出した事を用いないと、我の考えでは何事も一切成就しないのです。まだ我出して居る臣民ばかりですよ。

従う所には従わなければなりませんよ。従えばその日から楽になって来るのですよ。高い所から水流れる様にと云って知らせてある通りです。

十月の十五日、ひつ九のかみ。

 草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。種は残して育ててやらねばならんのざぞ、草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのざぞ、出世するのざから嬉しいのざぞ、草木から動物虫けら生れると申してあろがな、人の身(み)神に捧げるのざぞ、神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、惟神のミミとはその事ぞ、神示よく読めば判るのざぞ、此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座るぞ、神示よく読めよ、何んな事でも人に教へてやれる様に知らしてあるのざぞ、いろはに戻すぞ、一二三(ひふみ)に返すぞ、一二三(ひふみ)が元ぞ、天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らんのざぞ。悪も善に立ち返りて御用するのざぞ。善も悪もないのざぞと申してあろがな、の国真中に神国になると申してあろがな、日本も外国も神の目からは無いのざと申してあろうが、神の国あるのみざぞ、判りたか。改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやるぞ、何事も我がしてゐるなら自由になるのであるぞ。我の自由にならんのはさせられてゐるからざぞ、此の位の事判らんで神の臣民と申されんぞ、国々所々に宮柱太敷キ立てよ、たかしれよ。此の先は神示に出した事もちいんと、我の考へでは何事も一切成就せんのざぞ、まだ我出して居る臣民ばかりであるぞ。従ふ所には従はなならんぞ、従へばその日から楽になって来るのざぞ、高い所から水流れる様にと申して知らしてあろがな。十月の十五日、ひつ九のかみ。

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夏以降も散発拡散?

昨日5月22日毎日新聞朝刊に、新型インフルエンザの特集記事が載ってました。

米疾病対応センター(CDC)のインフルエンザ部副部長の会見で、「新型への感染が各地で散発的に起きる状態が「夏を越えて続く」との見通しを示したとあります。

日本の医療センターも、「新型は殆どの人が免疫力が無い。感染力が季節性より強く、国内でも夏になっても感染が終わる事はないだろう」と、同じ見解を示しているようです。

もう一つ意外な事が書かれています。

「日本での季節性インフルエンザは、12月から4月頃までが流行期間とされ、その後は収束する。ウイルスが低温で乾燥した環境の中で活発に働くためと考えられているが、明確な理由はいまだに分かっていない」

 湿度と高温に弱いから春以降は終息するのかと思っていましたが、明確な理由は分かっていないとの事。

もう一つ、こんな記事が書かれています。

「57年以前生まれに免疫」

スペイン風邪型の免疫が今回の風邪に有効の可能性が指摘されています。

 もろもろ纏めて考えてみますと・・・

新型インフルエンザは、研究室で生まれた可能性が問題視されておりますが、このウイルスは、スペイン風邪のウイルスを品種改良して作られたのではないでしょうか。

そして、スペイン風邪のウイルスも、遺伝子に時限装置を組み込まれ人為的に作られた、当時としては最新のウイルス兵器であったのかもしれません。

そうであるのでしたら、一度感していれば免疫が有効になるのでしょうね。

しかし、今日の新聞を見ますと、週刊文春の広告に、こんな見出しが有りました。

”弱毒性なのになぜ” 国会にマスク14万2千枚、参院議員に「対策キット」

だそうです。

文春を買って読まなければ詳しい内容は分かりませんが、自分達だけ助かろうとする人がどうなるのか、確かひふみ神示に書いてましたね。

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雨の巻 第2帖

もう一帖いってみます。

捉え方に違和感がありましたら、ご意見お願い致します。

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(第2帖)

 天の大神様は慈悲深くて何んな偉い臣民にも底が知れませんし、地の大神様は力がありすぎて、人民には手におえず見当が取れません。そこで神々様を此の世から追い出して悪神の云うことを聞く人民許りとなったのですよ。

 神を知り融け合うには、絶えず自分律し苦労と努力が必要ですが、特に地上の人は肉体を持っているからでしょうか、どうしても楽を求めてしまいます。

日々神と共に有っても、その奥山には到底届くものではないが故に、少しでも目先が曇ってしまうと、たちどころに方向感覚を失います。

レーダー、ナビシステムの無い目視による夜間飛行みたいなものでしょうか。

少しの隙が、時間と共に広がり、やがて上下左右、元が分からなくなってしまったのでしょう。

気がつけば、もうワヤになっていたりします。

七五三(しめ)は神々様をしめ込んで出さぬ為のものと云っている事がこれで分かりますね。鳥居は釘付けの形ですよ。基督(キリスト)の十字架も同様です。基督信者よ改心致して下さい。基督を十字架に釘付けしたのは、そなた達なのですよ。懺悔して下さい、とは外国の事です、が神国の旗印です、神国と外国との分けへだてが誤っていますよ。

 先細りの七五三は、魚を捕る罠の様なものですね。先は閉まってます。

岩戸閉めですね。

道行く先は三五七と広がっていなければなりません。開かなくてはいけません。

戒律で縛り付ける今までのやり方、器を磨く事無く入れ物に神が入っていない信仰。

基督信者は真を知るために改心し懺悔しなければなりません。

しかし、キリスト信者に限った事ではありませんね。

大きな心を持って下さい。かがみを掃除して下さい。上中下三段に分けてある違う血統(ちすじ)を段々に現しますよ。びっくり箱が開きますぞ。八九の次はですよ。

 八で開き、成る十に至る中、違う血筋を現すそうです。

神示から「血筋」を抜き出しましたので、神示を読まれる方めいめいで察して下さればと思います。

・結構な血筋に生まれてゐながら、今の姿は何事ぞ(富士の巻 第07帖 )
・日本の国は元の神の血筋のまじりけのないミタマで、末代 世治めるのざ(磐戸の巻 第13帖)
・今の守護神、悪の血筋眷属であるぞ、悪も御役ながら奥表に出ては誠おさまらんぞ(雨の巻 第08帖)
・四十八柱、四十九柱、それぞれの血筋の者 引き寄せておいて、その中から磨けた者ばかり選り抜く仕組(黄金の巻 第073帖)

何事もウラハラと云っているのです。ひとがひとがと思っていた事は 我の事だったでしょう。よく神示読んでいないと、キリキリ舞いしなければいけませんよ。日本が日本がと思って居た事が 外国であった事もあるでしょう。上下ひっくり返るのですよ。判りましたか。

 ここのポイントは裏腹ですね。

 世の為人の為と言いながら、実は見返りを求めている。自分の不徳を社会のせいにする。

価値観もそうですね。お金持ちが幸せで、貧乏人は不幸である。雇用を生んでいても実質は資本家が労働者から搾取。

そんな世の中ですが、上下ひっくり返ります。

餓鬼までも救はなければならないのですが、餓鬼は食物をやれば救はれますが、悪と善と取違へている人民、守護神、神々様 を救うのは、なかなかですよ。

 身魂は、物で救える様な対象ではありませんので、確かに厄介ですね。

悪を善と取違へ、天を地と信じている臣民人民は、なかなかに改心が六ヶ敷いですよ。我と改心出来なければ今度は止むを得ない事が出来ますよ。

 止むを得ない事とは何でしょう。

 岩戸が開いた先の世に、存在できないと言う事なのでしょうね。

 今の宗教、政治理念と体質、資本主義&社会主義。細かく言えば死刑制度も含まれるでしょうか。

 星の国が泥沼状態のテロとの戦いは、裏腹ですね。

 善悪を取り違える要素を取り上げれば切りが有りませんが、しみ込んだ既成概念から脱するのは容易ではありません。

我程偉い者はないと天狗になっているからと気を付ける程に 悪が太ってますから、こんな身魂は今度は灰です。もう待てない事になりました。十月の十四日、ひつ九のかみしるす。

 偉いとは思っていなくても、誰でも慢心はあるものです。

 一番始末が悪いのは、その事に気が付いていない事です。気がつく事が出来れば、何とかなるのかもしれませんが、灰になってからでは遅いでしょうね。

 日本も官僚天国が崩壊の兆しが見え始めておりますが、今後は何かと激しくなる事でしょうね。

 

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